しかし 篤姫には…もっての外じゃ!将軍・徳川家定は大激怒。 職人の手技のすごさもそうですけれど…薩摩切子の他 篤姫の婚礼のために全国から集められた品々。 徳川家康が 江戸幕府を開いてから200年余りたった 天保6年。 篤姫は 薩摩国現在の鹿児島県に生まれました。 結局 残ったのは…斉彬は この際 大名の娘でない事には 目をつぶり心の声私が 将軍家に…?しかし 薩摩のためとあらばなんとしてもこのお役目を果たさねば!晴れて 将来の将軍の正室候補となった 於一。
将軍・家定の御台所である篤姫も またしかり。 家定とも親しく幕府の実権を握る…一方で 篤姫の父・斉彬たち外様大名が推したのは…大変 有能と 評判の人物でした。 父・斉彬の命を受けた篤姫は手始めに 世継ぎの決定に大きな影響力を持つ大奥女中の懐柔に乗り出します。 その額…家定に直接 訴える事も考えましたが心の声なんとか 穏便に慶喜殿を 将軍お世継ぎにする事はできぬものか…。 本寿院は それで 家定と篤姫の関係が円満になるならと家定説得を了承します。
ついに 新政府軍は徳川慶喜を擁する 旧幕府勢力と京都郊外で激突します。 徳川家 生き残りのために…新政府軍の後ろ盾である…江戸城下は 戦で 町は火の海になると噂が飛び交い重臣たちがなおも説得しようとすると篤姫は 短刀を取り出しこう 言ったのです。 正式な総攻撃中止の命令からおよそ ひとつき後…江戸城を追われる事になった篤姫ですが…その後身の回りのものだけを携え亡き夫 家定の母 本寿院や数名の侍女を伴って江戸城を立ち去りました。