町の再生その最大の壁となったのは住民合意でした。 宮城県名取市の閖上地区です。 この時 既に 被災した閖上地区の町づくりを巡り行政と住民の にらみ合いが始まっていたのです。 佐々木市長は震災の僅か2か月後に町づくりの大方針を決める会議を開きます。 佐々木市長の素早い動きそのものに まず反発しました。 震災の半年後 復興計画をまとめ閖上の町を もとあった現地に再建する事を決めました。 佐々木市長はかつての閖上の町の跡に海沿いに築く堤防など 更に2重3重に防御策を重ねるとし住民の命を守るとアピールしています。
事業の延期を決めた7月佐々木市長は早速 動き始めました。 2012年のうちに 事業を再スタートさせる事を目標に住民への個別面談を行う事にしたのです。 住民の間にさまざまな団体が乱立してこれではたとえ 事業が進んでも住民が納得する町にはならないのではないかと心配していました。 桜井さんは各住民団体に声を掛け同じテーブルで話し合おうと呼びかけました。 現地再建を支持する団体や町の移転を希望する団体自宅が流されなかった住民の集まりなど都合 12の団体が参加しました。