八重の桜(46)「駆け落ち」

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この番組のまとめ

健次郎は 徳富猪一郎の弟でいとこである伊勢時雄の家に身を寄せ同志社に通っていた。 何を書いてんです?猪一郎さんに次に印刷する「将来之日本」の序文を書くよう 頼まれたんです。 襄が 猪一郎さんの本に 序文を!?ええ。 そんなに!平民主義を唱える猪一郎さんは今や 花形の言論人です。 あの やんちゃだった猪一郎さんが…。 でも 猪一郎さんだけではありませんよ。 猪一郎さんに憧れた学生たちが作った雑誌です。 猪一郎は このころ日本初の総合雑誌「国民之友」を創刊した。

ふぬけた本ばっかり読んでひどい成績を 恥とは思わんのか?そっちこそ 寄ってたかって恥ずかしゅうないのん?恥知らずは どっちや!お前の母親のせいでどんだけ 学校の名に傷がついたか!おい!何え?ここにおったか。 久栄さん ちょっと来んね。 みねも 平馬も 久栄も みんななじょして母親と別れねば なんねえんだ!みねの葬儀は同志社で執り行われた。 これを 久栄に。 久栄は 優秀だ。 久栄は つれえ思いをした。 叔母様。 久栄の事 よろしくお願いします。 叔母様の力を借りるつもりはありません。 久栄…。 回想久栄。

あの母親って?校内では 久栄と健次郎が交際しているという噂が広まった。 えっ!?健次郎さんから頂きました。 健次郎さんは同志社をやめて東京で 小説家になると言うてます。 こんな結婚久栄のためにならねえ。 叔母様に 口出しされるいわれは ないわ!母親にでも なったつもりなんか!「レ・ミゼラブル」いう小説。 小説なんて絵空事の話をしてんでねえ!小説は 絵空事じゃなか。 健次郎さん?まだ 難しか。 函館に住む 元斗南藩士から幼なじみの日向ユキが札幌にいると聞いたのだ。 どなた様ですか?新島八重と申します。

私は斗南にいっ時も 結婚すっ時も苦しい時は よく八重ねえ様だったらどうすっかなって考えた。 壁に ぶつかっても自分で決めた道を行くのが八重ねえ様だ。 お父様に反対されでも鉄砲 撃って宣教師様とも 結婚されたんだべ?ユキさん…。 迷った時は母親らしくではなくて八重ねえ様らしく やってみたらどうだべ?そうがもしんねえ。 八重と襄は夏休みを北海道で過ごし秋からの新学期に向け京都に戻った。 八重!おっ母様 なじょした?久栄は 学校に来てっか?え?朝から 家に姿が見えねえがらもしかして学校に来てっかと思って。