歴史秘話ヒストリア「大発見!歌麿の最高傑作 巨大美人画に秘められた真実」

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この番組のまとめ

♪~18世紀後半喜多川歌麿は過ぎし日の恋に 思いをはせるその姿は濃厚な色香を漂わせています。 最高傑作に秘められた歌麿の 驚くべき真実の物語をご覧下さい。 今夜は大スクープ! 見逃せませんよ!江戸の浮世絵師 喜多川歌麿の最高傑作が見つかったんです。 その間に 小林さんは歌麿研究の第一人者浅野秀剛さんに作品を見てもらう事にしました。 専門家も驚いたのは歌麿の群像表現の巧みさでした。 制作時期は 享和2年ごろから歌麿が世を去る 文化3年までの数年間と推定されました。

それらは 今ワシントンのフリーア美術館に門外不出の作品として収められています。 アメリカ最古の公共の美術館であるワズワース・アセニアムが購入したのです。 ルネサンスや バロック美術の収集で知られる美術館が名物の桜が咲き乱れる中実は ある日本人がパリで購入し昭和14年に 日本に里帰りしていた事は分かっています。 歌麿の「雪月花」三部作は流転の果てに今 ようやくその全容を現したのです。 歌麿の「雪月花」三部作はそれぞれ形も 大きさも異なります。

この事は…歌麿は 少なくとも3回栃木を訪れては 大作を描き三部作を完成させたと推定されました。 では なぜ 江戸の絵師 歌麿が栃木と関係を持ったのでしょうか?歌麿の絵本や 版画を調査すると興味深い事実が浮かんできます。 栃木で 歌麿の三部作を所有していたのは 善野家。 寛政3年には歌麿の雇い主である版元蔦屋重三郎が財産を半分没収されます。 更に 歌麿と同じ蔦屋専属の作家山東京伝が手鎖50日の刑に処せられました。 寛政の改革のさなかに武家の女性が こともあろうに遊郭で遊ぶ姿を歌麿は 描いていたのです。