東日本大震災で目撃した光景を小学1年生の少女が描きました。 「大震災の事を作文に書いて下さい」。 おととしある出版社の呼びかけに 応えて100人以上の子供たちから作文が 寄せられました。 何してんだ?おっきな津波 来っど!早く 高台さ行け!その時は ランドセルとかすぐ 放り投げるように置いてまずすぐ 逃げてよかったと思うんですけどもし 準備とかしてたら少し遅れてのまれたかもしれなかった。 セミプロ級の 腕前の持ち主で高校 大学 実業団で活躍していました。
この作文を書いたのは家族で一番手のかかるやんちゃな高校1年生啓史君でした。 体育館にも津波が入ってきて俺は 妹を背中におんぶして人混みを かき分け「家族と離れ連絡も取れない不安で不安で たまらない眠れない一夜を過ごしました」。 「次の朝早く 腰の上まで水に つかりながら親せきのおじさん 我が家の家族の一員である 犬2匹近所の人たち 先輩後輩そして友人全てを経験しました。 まだ 避難所暮らしですが津波に追いかけられながらも生き延びた命これから 何事にも負けず一生懸命生きていきたいと思います」。
妻の千果さんは自宅に居て 津波に遭い行方不明となりました。 「宮古にある ドーナツ屋さんに行きたい」って言ってまして後悔に さいなまれるように光徳さんは 来る日も来る日も行方不明の妻を捜し歩きました。 三陸海岸一帯に大津波が押し寄せました。 当時尋常高等小学校の5年生でした。 そして 2年前 生涯2度目となる大津波に遭ったのです。 日頃 田老地区の自宅で過ごす事が多かった アイさんですが昭和8年の津波 覚えてた?小学校の5年生…。