歴史秘話ヒストリア「オラたちの関ヶ原~天下分け目の合戦VS.農民〜」

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この番組のまとめ

徳川家康率いる東軍と石田三成を中心とした西軍が激突した 「関ヶ原の戦い」。 東軍か西軍か全国の大名を巻き込んだまさに 天下分け目の合戦です。 このまま泣き寝入りしてなるものか!ようこそ 「歴史秘話 ヒストリア」へ。 その過程では 関ヶ原の家々に伝わる逸話なども集められ運動会の騎馬戦みたいにやるようなイメージで 持ってますけどそれは 実は間違いでやっぱり 数百人の人が住んでるわけですからそういった人たちも 戦争に巻き込まれたんだという意識がおめえさん お水!悪いな。

当時 関ヶ原一帯を治めていたのは竹中重門という武将です。 戦国時代の合戦では地元民の多くは無給で 協力させられていました。 大軍の行く先々で 村人たちは兵の乱暴を 未然に防ぐため…と 「大柿」と三成のいる「大垣城」を掛けたシャレに喜んだと 伝えられています。 こんな時 戦国時代の農村ではしばしば 妻や子供を兵士の目の届かない山の中へ隠れさせました。 おまけに 領主の竹中重門様はお留守ですものね。 石田三成は 当初関ヶ原ではなく 大垣城を拠点に家康と戦う考えでした。

東軍の先鋒を任されたのは勇猛で知られる福島正則隊 6,000でした。 え? あれは… 竹中様いつの間に 徳川についたんやろ?西軍だったはずの関ヶ原の領主・竹中重門が東軍の一員として戦っています。 西軍のために 一生懸命陣地作りに協力した 村人たち。 関ヶ原にいる何万という東軍の兵士が石田三成の陣を目がけ田畑を進んでいきます。 これを見た 三成は家康の首をあげる絶好の機会と捉えて合図の のろしを上げました。 かねて 家康と内通していた…午後2時ごろ 三成はじめ西軍の諸将が敗走し戦闘が終わって 数時間後。