ファミリーヒストリー「間寛平~2人の父の真実 母の秘めた思い〜」

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この番組のまとめ

実の父岡村時市は寛平が生まれる1か月前23歳の若さでこの世を去った。 同行してくれたのは…再婚後 亡くなった時市の事は胸にしまい触れないようにしてきた美稲子さん。 時市の小学校時代を知る人が見つかりました。 しかし 明治のころ 一族の一人が放蕩を重ね 土地を失い15歳となった時市は家計を助けるため現在の四万十市にあった営林署に就職します。 しかし 敗色が濃厚となる中時市を待っていたのは連日の塹壕掘りと過酷な しごきでした。 時市の参加していた青年団には二人のマドンナがいました。

容体が悪化していく中美稲子は 意を決して時市に こう告げます。 時市さんに…そんなね 涙見せたらいけないとか思ったから「頑張らないかんで頑張らないかんで」 言うて。 美稲子さんは 66年前 時市が亡くなった場所を訪ねました。 二十歳の若さで美稲子は夫を失いました。 美稲子は 近所の人から幸一を紹介されたのです。 昭和29年再婚した美稲子は 宇和島に移り新しい暮らしを始めます。 当時 美稲子たちが暮らしていた借家の大家さんが元気に暮らしていました。

♪「赤いネオンに身をまかせ」歌は苦手でも寛平とステージに立てた事を喜んでいたといいます。 そんな時寛平は不思議な夢を見ました。 以降 マラソンは寛平のトレードマークとなり仕事の幅は広がっていきます。 ブラウン管の中 走る寛平の姿を懐かしく見ている人がいました。 田舎もんの炭焼きやってたおっさんが大都会の大阪に出てきてほんとに 造船所で下請けの下請けやって もう細々と暮らしてほんで終わりやって思ったのがね自分の息子がここまで有名になったんやと。