ブラタモリ「#9 小江戸・川越」

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19:30:09▶

この番組のまとめ

「ブラタモリ」 今日は川越ですね。 今日 ご案内させて頂きます松尾テツキと申しますが…。 川越育ち。 川越と江戸との関係の研究がライフワークです。 「小江戸・川越」と。 じゃあ なぜ「小江戸・川越」って言われるかという事でこれ見て頂きたいんです。 時代は明治になってもまだ 東京には江戸時代の建物がたくさん残っていました。 それにしても見れば見るほど川越の蔵造りの町並みにそっくりですねぇ。 爽やかに登場したのは川越で12代続く刃物屋さんの宮岡 亮さん。

東京から およそ30キロの埼玉県川越市。 江戸の雰囲気が楽しめると人気急上昇。 でも どうして川越には江戸とそっくりの町並みが残っているんでしょう?タモリさんが ブラブラ歩いてその謎に迫ります。 今日は川越で「ブラタモリ」。 歩いて発見 「ブラタモリ」。 明治時代に造られた川越の町並み。 川越が小江戸と呼ばれる理由がよく分かりました。 たどりついた川ですが今日は 川越においで下さりありがとうございます。 いつか 「ブラタモリ」が始まって 川越に来て下さると思ってたんですが…意外と早かった。

湾曲から 流れが直線になるのに…新河岸川の水運 それは「舟運」と呼ばれ江戸の初めから 昭和の初めまで300年近く続きました。 これが船問屋さんですね。 倉庫の蔵造りの町並みが少し こうあってですね多い時には なんと一日 100艘余りの船が川越と江戸を行き来していたそうなんです。 絵図を頼りに 1軒だけ残る船問屋を訪ねます。 タモリさん 船問屋を発見。 こちらの元船問屋あったとこの当主。 船問屋さんですもんね。 ここに船問屋さんがここに こうやってですねいろいろなものとかを書いていますね。

えっボロボロッとなるんじゃないですか?大丈夫だと思うんですが…。 おっ おっ… 大丈夫ですか?8月…。 300年にわたって川を通じて深く結び付いていた 川越と江戸。 タモリさん 船に乗って当時の雰囲気を味わいましょう。 大丈夫ですか?はいはい いいです。 さあ ここで江戸時代に戻って川越から江戸まで川を下りましょう。 向かったのは川越を代表する お寺。 実は ここに 川越が「小江戸」と呼ばれるルーツがあるんです。