ブラタモリ「#12 仙台」

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この番組のまとめ

伊達政宗風な。 どうですか?「伊達政宗は『地形マニア』」。 仙台の地形を知り尽くしていたという事ですから…仙台市を流れる広瀬川。 伊達政宗は 地形をうま~く利用して城を築きました。 今 車通ったりしてる あそこが20メーター以上の落差のある…城下町・仙台は川が削って出来た地形実は 海から離れた河岸段丘の上に大きな城下町をつくるのは珍しいそうです。 城下町を 海から10kmも離れたとこに つくったのはお城が 戦用のお城で山手につくったので城下町も そばにつくらないと…。

仙台平野で洪水が頻繁に起きた証拠です。 ですから 津波の侵入範囲の中にいるんですね。 それから もう少し南側に回り込みますとまた 津波が内陸奥深くまで入ってるというふうな事が分かる。 今 タモリさん おっしゃったようにこの部分は 津波の襲来から免れえてると。 水を手に入れるのも一苦労という川と町の高低差を実感できる場所なんです。 四ツ谷用水は 400年前水不足解消のため伊達政宗がつくりました。 タモリさんが やって来たのは広瀬川を5キロ遡った四ツ谷用水のスタート地点。

入り口の辺りの地名とか出口の辺りの地名をつけるのがよくあるパターンらしいんですがどうも違って四ツ谷用水のネーミングの由来が分かる場所 あるんです。 取水口から2キロ この場所こそ四ツ谷用水の名前の由来が分かる場所です。 あっ 谷 深いんだ これ!政宗は 深い谷が多いという仙台特有の地形を克服するため水道橋をつくりました。 という事で タモさん四ツ谷用水の名前の由来分かりましたか?さて…タネ明かしを もう…。 暗渠をたどれば 政宗が城下町に水を行き渡らせるため地形をうま~く利用した事が分かるんです。

本流は工業用水として現役ですが支流には水が流れていません。 しかし 江戸時代の地図を見ると支流や そこから分かれた水路が町じゅうを隅々まで流れていた事が分かります。 これ 江戸時代の用水の跡…。 それでは お待ちかね!江戸時代の風景を見てみる事にしましょうか。 ですから…すごいね それ!なんとか層 なんとか層っていっぱい出てきて…四ツ谷用水が仙台にもたらした大きな恩恵なんです。 これがですね 仙台の町の中の例えば お茶とか染め物とかそれから 魚屋は やっぱ井戸水を使う。