ひるブラ「あぁ懐かしの青函連絡船~青森・青森市〜」

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この番組のまとめ

分かりますか?この青函連絡船八甲田丸、27年前に連絡船としての役目を終えたあとは船のまま博物館として保存・公開されているんです。 青函連絡船乗ったことありますか?たぶんですけど、一度修学旅行のときに乗ったんではないかと記憶を一生懸命郁恵さん。 この青函連絡船ものすごい活躍だったんですね。 最盛期の昭和47年には八甲田丸を含めて13隻の連絡船が活躍。 そんな青函連絡船が青函トンネルの完成に伴って役割を終えたのは今から27年前の昭和63年3月13日のことです。

その中で、ここからいくとある場所に連絡船のこの職場ですけど船乗りの皆さんにとってすぐ近くに、楽しくくつろげる場所といいますとここ、お部屋なんですけれどもふだんは、船長さんそして、高級士官の方々の部屋というのは公開されているんですが一般船員の方々の部屋っていうのは非公開なんです。 それで、ゴショウギといっているんですけれどもこのゴショウギを着て居酒屋に行くとき葛西さんたちはどんなお気持ちで行かれてたんですか?船、上がっておかに行くとおかみさんに会えるということでワクワクして行きました。

個室のベッドの毛布を折り紙のように折って花や動物を形づくっているんですね。 明治41年に撮影されました連絡船の貴賓室の中なんですけどこの真ん中、ベッドの上のところ飾り毛布、見えますか?見えます。 飾り毛布と連絡船の関わりというのは非常に古くからあったんだなということが分かりますよね。 連絡船と飾り毛布はどんな関係だったんでしょうか?連絡船は4時間弱の航海でしたが、その短い中でもお客さんにくつろいでもらおうという船員の日本の船の文化だとおもてなしの表現だと思っています。