特集 明日へ つなげよう ▽空撮でたどる ▽宮城・岩手・福島から中継

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この番組のまとめ

宮城県名取市の閖上地区からお伝えしています。 そこまではもう、全然連絡も取れず、映像が入ってくるんですけれ三陸沖が地震の震源地だということが分かりまして、それで、連絡を取ろうかなと思ったんですけれども、なかなか取れなくて、その間に、何か陸前高田市が壊滅状態っていうことを盛んにいうわけですよね。 壊滅状態っていわれても、陸前高田市って、結構広いですから、映像がなかなか出てこないんですよ。

だから、石巻で僕、先月、お会いしたさるこや楽器店っていう楽器屋さん、86歳のおじいちゃんがいて、やっぱり、もうがれきで俺は負けたかなと思ったけど、がれきのまんま死にたくないなって、もう一回、復興ピアノって、ピアノを再生させて、5台ぐらい再生して、やっぱりそれ、やる気になったのは、それを作ったら買いたいとか、どこの公民館に入れたいとかっていう人がいて、だからそういうつながりの中で、一人一人が復興していくんじゃないかっていう気がするんですよね。

福島第一原発のある大熊町です。 だからかなり除染は成功しているとは、思うんですけども、森や山がちょっと、まだまだ除染ができてないから、小さい子どもを連れてって、本当にいいんだろうかっていう心配を持ってて、そういう意味では、分断っていうんですかね、家族や帰りたい人と、ちょっと不安だっていう人との心の中に分断が出来てて、本当は福島、ものすごく仲がよかったのが、見えない放射能のために意見が分かれだしていて、それをどうやってみんなでつなげていくのかっていうのが、これから問われるところなのかなと思うんですけどね。

東京電力福島第一原子力発電所から、15キロほどの所にある海沿公園を訪れた方、皆さん、花を供えることができます。 一方で、今、見えているこの黒い袋、こういった廃棄物に不安を感じて、町に戻れないと話す方、また、より戻ってもらうために復興事業を進めている復興推進課の課長、うのが実感ですかね。 結果として、昨年9月に、4年半年ぶりになる避難指示が解除されて、現在では、復興計画で描いた町の将来像、こういった絵姿が、実際に現場に重機が入って、復興の槌音、こういったものが響き渡っております。

その人たちを逃げたって言わずに、それからなぜ残ったんだって、逃げた人は言わずに、お互いが大変な被害者なんだっていう中で、同じ福島県民として共感し合うというか、関連死といいますが、そちらのほうが多い、これが福島の現状ですよね。 市街地のほとんどが壊滅した岩手県陸前高田市です。 ベルトコンベヤーです。 この土砂を市街地に向けて運び出したのが全長3kmに及ぶベルトコンベヤーでした。 新たな町づくりの象徴だったベルトコンベヤー。 震災前の岩手県宮古市田老地区です。

私は仮設住宅が建てられている、高台にあるオートキャンプ場に来ています。 ここから建てられている仮設住宅が見えます。 この工事の完了を心待ちにしているのが、この仮設住宅に暮らす皆さんです。 仮設住宅の自治会長の高橋寛文さんに来ていただきました。 陸前高田市では、当初、仮設住宅の入居期間は、原則2年としていたんですけれども、この高橋さんのように、住宅の再建を待つ方々のために延長を重ねているんです。 ただ、こちらの仮設住宅ですね、今はこうした空室もあります。