特集 明日へ つなげよう ▽被災地からの声

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この番組のまとめ

それでは今度は三陸鉄道スマイルトレインにまいりましょう。 今、スマイルトレインはすごい!そしてなんとスマイルトレインはこの一番いい場所でしばらく止めていただきます。 三陸鉄道を舞台にしたドラマに出演してらっしゃるのがYOUNG DAISさん。

どんどん徐々に徐々に三陸鉄道も走っていきますからそして、先ほどのJリーグの試合勝ったベガルタのリャン選手のお話が聞けるようです。 まだスタジアムは試合が終わって10分ほどですけどもベガルタ仙台の10番、リャン・ヨンギ選手に来ていただきました。 選手全員が強い気持ちを持って挑んだ試合で、しっかり戦えたと思いますし結果もついてきたのでほっとしています。

この声を聞き続けています仙台放送局の津田喜章アナウンサーです。 それでもやはり一人一人の声をこうやってきちんと積み重ねていくってそれから福島内陸の避難先ですね繰り返し繰り返し訪れていく中で印象的な方っていうのはたくさんいらっしゃるんですよ。 実は今回、印象に残った方2組の方にまた再び会ってきましてお一人が、福島県の葛尾村というまだ原発事故で全村避難続いてますけどもそこのきょうだいとそれから宮城県の気仙沼市の親子この2組にまた会ってまいりました。 福島県葛尾村。

3年前、もう一人話を聞かせてくれた妹の由佳さんを訪ねました。 三春町の仮設住宅に暮らす兄の宏通さん。 その夜の仮設住宅。 震災から1年あまりたった宮城県気仙沼市。 津波で船も自宅も失った紺野さん。 震災から2年後紺野さんは中古の船を購入し漁の再開を果たしました。 紺野さんと出会った作業小屋です。 紺野さんの長男・岬君です。 同じように仮設入ってる人がいる中で家族、亡くした方もいれば次の住まいがまだ見つかってない人もいると。

続いては、すでにお伝えしていますけど三陸鉄道をモデルにしたドラマ今夜、最終回ということですが東京のスタジオパークです。 ヒロインの由香里はこのイベントの担当者の一人。 由香里、緊急事態だ。

実際に、理容師をやる演技をしてる場所も地元の方がモデルになった方のお店を借りて。 行けばすぐ目につくぐらい目立つんですけどボランティアの方とかお店の方とかが一緒になってプレハブ小屋にペイントしてるんですよ。 今回も地元の方と本当に一緒になって今回のドラマを作ってきたっていう感じ。 そうやって今回ドラマを撮影したんですがドラマの中でもキーポイントになったサンマラーメン。

呼びましょう!有働さん!私は、福島県の会津若松市のコンサート会場にいるんですが会津若松市といいますと閖上のスタジオにいる柳澤さん。 僕、「あさイチ」で4年間バスや列車で被災地を訪ねる旅というのをずっと続けてるんですけどもその旅でたくさんの方と出会って、その後、再会を繰り返してるんですけどもその中で、僕が、なんでなの?沿岸部を南下。 久慈駅は2年前に全線開通したことしは中国や韓国など外国人観光客を迎える準備も万端ということですが…。

人もいないし材料だって仮設住宅をあの数、造るほどの材料が用意されてたわけがなくて考えたときに仮設の問題っていうのがうわーっとお役所仕事に対する批判になって。 われわれコミュニティーができたのにって問題もあって、いつでも数そろえるっていうことの中に出てくる矛盾ってそれに携わってる方も気持ちは続けたいんだけど商売の採算とのバランスだということで絶対、そういう方が仮設に残ってる方がいらっしゃるんだってことは絶対に忘れちゃいけないですよね。

それは、木造の仮設住宅。 普通のプレハブの仮設と違って床や壁、風呂場やトイレまで全部、木で出来ているんです。 非常に快適そうな木造仮設なんですけど一体、なぜ出来たのか。 この仮設住宅を最初に造ったのは岩手県の住田町だったんですね。 そのとき、指揮を執った町長は避難所で寒さに震える人たちの姿が気の毒で一刻も早く仮設を造らなきゃと思いました。 町長が木造仮設を造る考えを県に連絡したところなぜか県の担当者は、びっくり。 実は仮設住宅については国が作った細かい決まりがいろいろあったんです。

今おっしゃってるとおりですけど今はずいぶん仮設の人も減ってきてるんですけれども仮設から仮設へ移っていかなくちゃいけない人が出たり仮設から出られない人の問題が今一番大きい問題になってますよね。 塩崎先生、県が造ったりする仮設住宅にルールがあるというのは分かったんですけどそういうのを震災直後にスピーディーに対応していくってことが例えば、住田町みたいな町が造るみたいなときにうまく県と町みたいなのが連携して融通を利かすってことは実際、難しいってことなんですか。

櫻井さんたちは震災後その場で食べられる炉端焼きも始めました。 かつては5000人が暮らす港町だった閖上地区。 櫻井さんも現在も名取市の仮設で暮らしてらっしゃる方の一人ですよね。 東北の田舎者でも仮設で葬式はやめてくれって。 閖上のどのくらいのところ?仮設から3~4kmの農家がいっぱいあるところの畑のところで。 だって、ここにいる人間仕事作れねえんだもん。 そこで仕事をやると若い者に補助金を出してもらえればそうすると若い者、住む。

国内でも西日本のほうですけど子育てをしやすいように住宅は安く提供するとかあるいは、日常的に必要な食材も本当に格安で提供しますから来てくださいってところはあるんですよね。 それを聞いて直ちに工事開始。 役場の土地じゃないから勝手に工事始めらんないもんね。 工事完成まで3年はかかってしまうんです。 そのため、計画変更が必要になりまた工事が遅れさらに待てない人が町を出ていくという悪循環。 子孫の方全員に許可取るのってとんでもないですよね。

当の被災者の住民の人たちがきちんと議論ができてどうなるかっていうことをよく分かってないっていうのが僕は一番の問題だと思うんですよね。 通常、住民のほうが多いっていうんですけどそのプロセスがないままに工事をしようとするとどんどん遅れていく。 これだけの大きな災害だから今後、どういう方向につくっていけばいいのかということの合意の形成に住民が関わる。 実は、今回の震災でも住民が納得して出来た町があるんですね。 そして、ピラミッド。 ピラミッドがあるならスフィンクスも欲しいですよね。

岩沼の話は復興のフロントランナーすばらしい提案をされたのはそのとおりですけれどもほかの要因もあって役所がどんな意見でも聞いたみたいなこともあるけど一番偉いのは阪神大震災のときに職員が行ってるんですよね。