地球ドラマチック選「ポンペイ“骨”が語る真実」

戻る
【スポンサーリンク】

この番組のまとめ

ポンペイは 南イタリアのナポリ湾沿岸にありました。 ベスビオ山は たった一晩でポンペイの町と そこに暮らす人々を厚い火山灰で覆い尽くしたのです。 ベスビオ山からの 大量の火山灰に埋もれたポンペイは降り積もった火山灰によって町は跡形もなく消え存在すら忘れ去られていきました。 それは 間もなく起きる大災害の前触れでしたがポンペイの人々は まだ知る由もありませんでした。 ポンペイの人たちは火山の知識は あったんですか?ここが 火山地帯である事は知っていましたがベスビオ山が 火山だとは思わなかったようです。

その中には 地下室で骨となって発見された 54人もいました。 地下室に 大量の宝飾品や金貨を持って 避難していたんですね。 上の階にあった金庫が地下室に落ちてきたようです。 「ルキウス・クラッシウス・テルティウス」という名が省略した形で刻まれています。 発掘調査によって地下室の上に建っていた建物の全容が明らかになってきました。 54人の骨が発見された地下室はこの真下にあります。 建物の所有者の物と思われる発見された印鑑には地震のあとも クラッシウスには商いの仕事があり屋敷や財産がありました。

ローマ帝国では奴隷から身を起こして金持ちになる事もよくあったんですか?古代ローマの奴隷制度は 独特で後の アメリカの奴隷制度とはまるで違います。 古代ローマでは 解放された奴隷がかつての主人の名前を名乗る習慣がありました。 富豪マルクス・ノニウスの奴隷だった人たちは自由を得た名誉の証しを名前によって示していたのです。 ポンペイでも 奴隷は主人の身近にいたはずです。 古代ローマにおいて屋敷の主人と奴隷の関係はそれほど厳しく隔てられていませんでした。