スタジオパークからこんにちは▽そして新幹線がやってくる北海道交通革命の140年

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この番組のまとめ

きのうに引き続き北海道、札幌放送局制作の番組です。 北海道新幹線、先月開通しました。 新幹線が北海道にやって来るまでの北海道の鉄道の歴史を振り返ります。 「そして新幹線がやってくる~北海道交通革命の140年」2月26日に放送になった番組です。 実は私たちが暮らす北海道は数々の交通網の発達によって豊かさを手に入れてきました。 この時代、北海道は道路の整備が遅れていたため交通手段といえば専ら鉄道だったんです。 この昭和30年代北海道の鉄道旅客数は1年間で延べ1億5000万人。

幌内鉄道は、空知地方の炭鉱から石炭を運び出すための鉄道。 鉄道の開通で大量の石炭を運び出せるようになった北海道は漁業の島からエネルギーの一大供給基地へと変貌したのです。 ところで石炭を運ぶために始まった北海道の鉄道ですが思わぬ副産物を生み出しました。 街と街を結ぶ公共交通機関として出来たのが本州の鉄道だとすると街をつくっていったのが北海道の鉄道という事になります。 豆や雑穀などの農産物が鉄道で大量に運べるようになり農業が一層盛んになったのです。

その、しょっぱい川を渡るため人々が利用していたのが青函連絡船です。 これは一つの連絡船としては世界でも例を見ない数字です。 多い時は1隻の連絡船に200人以上が乗っていました。 積み替え作業中に貨物を落としたり連絡船の乗組員だった田中さんは車両航送の要となる仕事を受け持っていました。 どんなものを運んでいたかというのは数々の歌謡曲にも歌われ哀愁漂う青函連絡船。 その一方で、連絡船は画期的な車両航送により「海の上のレール」として北海道の経済を下支えしていたのです。