週刊 ニュース深読み「“異例”の大地震 危機をどう乗り越える?」

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この番組のまとめ

2度目の震度7の翌日、田中さんが避難先から戻ると、その中で今、田中さんが一番気にかけているのは、相次ぐ地震の子どもたちへの影響です。 そして18日の月曜日には、長引く避難生活で車の中で避難していた熊本市の女性が、エコノミークラス症候群を発症して、死亡します。

こうした被災した人たちを支えようと、地震発生から1週間、おとといになって、災害ボランティアセンターが開設されました。 ボランティアセンターのオープンからおよそ2時間後、この日は予定していた人数に達したとして、受け付けは終了しました。 誘発?何かに誘発されて、地震が起きるとなると、例えば阿蘇山が噴火し今回は震源域が近いので、今後、火山活動がどうなるか、見ていく必要があるんですね。

なので、これはいつもいわれることですが、家を強くすること、古いうちは耐震補強をすること、これしか地震に対する大きな効果的な備えというのはないんですね。 東京大学地震研究所、古村孝志教授に聞きました。 しかし、余震が相次ぎ、今回のエクアドルの大地震で、日本人が巻き込まれたという情報はないということです。

また若い世代の方たちが、熊本市から近いということで、ベッドタウンとして移り住んでくるという所で、県内の自治体では珍しく、人口は増えている場所だったと。 1回目の揺れで家に帰って見に行ったときには、まだトラクターとそんな中で18万人、いろんな思いを抱えた皆さんが避難する場所校庭で、このようにたくさんの車が並んで、車中泊。 これが実は熊本市、ボランティアセンターを、最初揺れから僅か2日後にもう立ち上げる予定だったんです。

気分転換のために、避難所から出て、外を歩きたいんだけど、まだまだ揺れが続く中での10日目、避難生活が続いています。 阪神・淡路大震災、それから新潟県中越地震、それから東日本大震災のときに宮城県で観測されました。 これ、阪神・淡路大震災で私たち経験しました。 それから、車の中に避難している人がエコノミークラス症候群に、これは新潟県中越地震で経験しました。 つまり、起きている被害は私たちがこれまで直下型地震で経験していることなんです。

でもそのボランティアの受け入れのためにも、受け入れるなんだろう自治体の人が動けないでいると、社会福祉協会ですとか、そういった団体の方々が中心となります。 やはりボランティアセンター、現地のボランティアセンターの方々の心情を見ると、私も当時そうだったんですけど、やっぱり、復旧・復興のために来ていただいて、その力になっていただきたいという願いが半分。

これは建築士などの資格を持った人が、専門の講習を受けて、今の建物は危険だとか、この建物は注意したほうがいいとか、これは今大丈夫ですよという、赤、黄色、緑のステッカーをそれぞれの家に貼るんですが、これを、すべての住宅で早くやってですね、被災者やボランティア、やっぱりかえって迷惑になるのではと思いつつも、でも今困ってらっしゃるのに、早く届けたいって思うじゃありませの物資を受け入れられるような態勢に、市町村なってないんです。

出なければいけないんですけど、避難所に避難する理由っていうのは大きく5つぐらいあるといわれていて、余震が怖いから、建物の安全性に不安があるから、ライフラインが使えないから、あと、ケアが必要な家族の方がいて、ちょっと避難所に一緒に行っている。

当時なんですけれども、これは私も気付かなかったことなんですけど、1週間後あたりから、避難所に行ってた若手のボランティアがですね、相談で来まして、本間さん、毎日、避難所に行ってるけども、日に日に入っている人たちの表情がなくなってきてると。 で、僕らボランティアで、何ができるか分からないけど、何か、例えば手品とかマッサージという話出ましたけれども、お子さんに対しては、絵本の読み聞かせとかありますし、折り紙とかもありますし、紙芝居もあります。

これ、生活不活発病っていうんですけれども、東日本大震災で南三陸町で避難していた65歳以上のお年寄り、4000人を調べたところ、動かないでいたら、半年後に体が本当に動きにくくなった、歩けなくなったという人が、24%も出ちゃったんですね。 高齢者の方は例えばふだん、自分の家の畑で一生懸命、畑仕事をして、それを近所の人に持ってったりして健康を維持してますから、その人たちが避難所でもって、もうずっとじっとしてると、こういうことが起きかねないですね。