スタジオパークからこんにちは しこく8「道後温泉を築いた 伊佐庭如矢」

戻る
【スポンサーリンク】

この番組のまとめ

いつもポジティブで元気な気持ちにしてくれる寺脇さんが大好きです。 寺脇さん、いつもみなぎるエネルギーや熱意の源は何ですか。 舞台上で笑っていただいたり拍手をいただいたりするときに俺の役割はここにあるんだと思うしあした元気になってもらおうという思いでやっていますので舞台もそうですしドラマなんかもね。 普通の顔から大魔神の顔になって寺脇さん、山手線のホームでお会いしたことがあります。 続いては全国に54あるNHKの放送局が制作した番組をえりすぐってお届けしましょう。

これは伊佐庭如矢の時代の役場日誌です。 知られざる愛媛の偉人伊佐庭如矢。 明治23年、町村制の施行により道後一帯は道後湯之町となりました。 伊佐庭如矢です。 道後湯之町人民激昂事件。 反対派は如矢の自宅にも押し寄せ町長の辞職を迫ります。 さらに町民たちと改築案を話し合うワーキンググループを組織。 その中にあえて反対派の代表格だった蜂須賀兵蔵を入れ徹底的に議論を重ねました。 かたくなだった反対派も改築のために資金の提供を申し出る町民も次々と出てきました。

坂本又八郎を指名しました。 そして、建物を設計する際洋風の要素を入れるように依頼したのです。 如矢は和風と洋風とを掛け合わせたこれまでにない建物で神の湯を表現しようとしたのです。 そこに唐破風の屋根が…上等客用、一般客用、女性客用と3つに浴室が分けられていました。 どうも、あっ、うれしい!休憩所を造ったり、お茶やお菓子のサービスを始めたのも建物をじっくり味わわせるための如矢の戦略でした。 やっぱね、道後温泉に来たらこれが楽しみですよね。 もしかして、道後温泉ってどーんっていう音朝、鳴らしますよね。

♪~本館の誕生により、町づくりの柱ができた道後湯之町。 温泉客だけでなく行楽客にも道後を楽しんでもらおうというねらいです。 これにより、松山市内そして玄関口の港からも気軽に道後まで行けるようになったのです。 もうあの本館があっての道後。 今度、道後温泉が改修されるっていうのを聞いてどうですかね?ずっと彼の遺産というかやってきたことに、ある意味おんぶでだっこで、きたっていう反省もあるのでやっぱりこの改修に際してその思いをより引き継いでやっていこうっていうのがわれわれの今思ってるところなんです。