本日のゲストですけれども舞台に、そしてドラマにと大活躍の方でございます。 梅雀さん、今夜スタートのBS時代劇「伝七捕物帳」かわいくてしょうがない?どうしようもないですね。
都内公演から始まったんですけれども、都内のホテルに一緒に泊まって楽屋も一緒にいて共演者みんな知っているんです生まれたときから。 旅公演もそのような感じで連れて行ったので新幹線もたくさん乗りましたしいろいろな楽屋に行ったしいろいろな役者さんたちにだっこしてもらったし超有名なスポーツ選手にもだっこしてもらったりとすごいですよ。 正確な、絶対音感教育用の鉄琴のおもちゃを持ってきてパレットというんでしょうか…ペレット…何でしょうかバレットですね。
アナウンサー口調でこんにちは。 子どもじゃなくてもアナウンサー口調でそれではお母さんに返します。 例えば黒柳徹子さんだったら?黒柳徹子のものまね私はパンダですけども1970年代に中国からやって来ました。 これまで多くの作品で主演を務めてきた中村梅雀さん。 中学・高校時代は音楽に夢中になったり親への反発心があったりして芝居の世界から遠ざかっていました。 そして35歳のときに舞台「煙が目にしみる」で念願の初主演情感あふれる演技力で劇評はあまりよくありませんでしたけれども芸術祭を取りました。
そういう表現の難しい大河ドラマというとんでもないところに来たのでチャレンジのしがいがあると思っていろいろな人の協力を得てできるかぎりリアルに演じようと思ってやりがいがありました。 そういうふうにしてほしいということを、まず第一条件に、すごく生意気でしたけれどもわがままを言って条件を出してそれをちゃんと撮ってくれたんそうでしたね、チャレンジでした。
京都の松竹撮影所で撮っているんですけれどもずっと僕、松竹撮影所、長いものですからいつものおなじみの信頼すべきメンバーで非常にアットホームなだけどワンカットワンカットものすごい集中力のある気持ちのいい現場で共演者の皆さん、本当にいい人豪華だし気持ちがいいし和気あいあいで。 「遠山の金さん」はまずないなと、大体思っていて「伝七」きたらこれは結構やりがいがあるかなとそう思ったのは実は「神谷玄次郎捕物控」というのをNHKのBSでやっていて実はそのときに生まれて初めて岡っ引きをテレビで演じたんです。
「伝七捕物帳」お父様がされていた当時、私は小学生で時代劇好きの父が毎週見ていたので私も欠かさず見ていました。 いつの間にか「伝七捕物帳」が大好きになりよくあの紫の十手を欲しがっていたのを今でも覚えています。 記念して十手の格好の栓抜きが売っていたんですよ。 おもちゃでもいいの?十手があったという方は青のボタン今もあるという方もいいですよ。 伝七親分が帰ってくるヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイヨイめでてえなと来ていますよ。 この質問で十手を持っていない、ボタンを押すと。