ファミリーヒストリー「北野武~父と母の真実 阿波国徳島に何が!〜」

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この番組のまとめ

今年10月には フランスの最高勲章…日本人映画監督としては「たけしくん、ハイ!」。 戦後復興期の下町を舞台に北野家の日常を描きました。 明治29年1月号の特集記事で当時の人気娘義太夫が紹介されていました。 嬢は 本名を北野うしと言い明治6年9月をもって阿波国 徳島通町2丁目に生まれる」。 かつて通町は 徳島有数の中心街として栄えました。 人気娘義太夫としてうしが紹介された雑誌です。 明治17年 徳島で開かれた浄瑠璃の審査会の番付表です。 北野家や粉問屋の形跡はありません。

「暫新帽子製造 正木屋北野」。 大正13年1月うしの息子北野徳次郎と結婚しました。 うしの おいっ子で漆職人の正端菊次郎。 自らのルーツを一切語らなかった菊次郎。 菊次郎の父 つまり武の祖父にあたるのは正端友八。 菊次郎は 次男として浅草に生まれました。 菊次郎に関する手がかりを見つけようと試みました。 菊次郎の異父兄弟 正春の小学校の作文が墨田区の資料館で見つかりました。 日本の名字研究の第一人者信幸男さんはルーツを こう分析します。

先祖への誇りを持ちつつ字を変える事で「菊次郎の正端家が いつの時代に徳島から上京したのか?」。 寡黙で 人のよさそうな菊次郎にさきも好印象を抱きました。 ところが この菊次郎…。 お姉さん…!なんと 結婚から僅か5年で洋品店を潰してしまった菊次郎。 菊次郎によって 家族は厳しい生活に追い込まれたのです。 全然 違いますよ!武の父 菊次郎がペンキを塗った部分。 仕事に気合いが入る菊次郎。 菊次郎の収入が期待できないため家計のやりくりは 大変でした。