大石内蔵助率いる赤穂浅野家浪士による吉良邸討ち入りであるついに 本懐遂げましてござる!愛と闘いの物語であるきよ殿。 十郎左様とお会いする事がかなわなくなったのです。 十郎左様…。 十郎左様。 浅野家先代奥方様に仕えた後この寺で菩提を弔っていましたきよ 遅いではないか。 孫三郎殿の兄上村松喜兵衛様のご嫡男三太夫様にござります。 ようやく1年ぶりに 十郎左様にお会いできるというのに…きよ殿への思いを確かなものにしてくれた。
ひっそりと人目を忍ぶように浅野家上屋敷を出昨夜半 ここに着くとされど 殿に殉ずる意を込めご切腹の後の殿の… お亡骸引き取り書でござりまする。 ご切腹!?殿は ご切腹あそばしたのか!ははあ!我らは恐らく 吉良様は生きていると…。 吉良様の生死がいまだに分からぬというのはあまりに妙なお話。 その娘によりますと吉良様は あの日 江戸城内にて額と背に お殿様から刀傷を受けはい。 孫三郎殿と 吉良様のお屋敷の前で会うたそうじゃな。
きよ お前十郎左の事 聞いておらぬのか?十郎左様が 何か?床に ふしておるのだ。 あっ… 十郎左様。 十郎左様が 何と言われようともきよは 十郎左様の手助けを致しとうございます。 十郎左様にお伝え願いたき事がございます。 私に 吉良様のお屋敷へご奉公にあがるお話がございます。 きよが奉公へ入った白金の屋敷は吉良上野介の奥方 富子の実家上杉家の下屋敷であった新しく奉公致す事になりました女中を連れてまいりました。
大事ないか?この方が… このご老人が吉良上野介…必ず参ります。 元禄15年…その日米沢町の堀部弥兵衛宅では門出の祝宴が行われ次々に 同志たちが 顔を出したきよもまた そこにいたこれを。 せめて近くにいようとおほり様がお連れ下さったのは吉良邸に程近い細井広沢様のお屋敷でした。 吉良上野介殿の みしるしをあげ亡き殿の恨みを晴らしたる事大慶至極。