ファミリーヒストリー▽大竹しのぶ~語り継がれる大竹様伝説 1世紀を経ての出会い

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この番組のまとめ

女学校を卒業した八重は女性の英語教育の先駆けとなった女子英学塾後の津田塾大学に入学します。 このころ八重と権次郎は社会主義運動家幸徳秋水と親交を深めていました。 まずは サンフランシスコでの八重の足取りを追います。 日本人の社会主義活動を伝える新聞に秋水と 赤ん坊を抱く八重の写真がありました。 ジャップと蔑まれていた日系人にとって秋水たちの社会主義活動は迷惑でしかありませんでした。 明治39年秋水は アメリカにいる同志を集め社会革命党を結成します。

その後 一水は 小さな家を借り聖書の講談会を始めました。 その青年とは 大竹章雄。 章雄と 一水の娘 江すてるの運命の出会い。 大竹家にまつわる碑が残されていました。 ここは 明治から昭和にかけ活躍した政治家大竹貫一の生家でした。 大竹家の事をつづった古文書が残されていました。 大竹様じゃないですか!大竹様!古文書に書かれた大竹家の歴史。 明治時代に写された大竹家の写真が残っていました。 そして 明治44年 この塩釜で国司の孫 大竹章雄が生まれます。

昭和19年 章雄は再び召集され中国の戦地へ旅立っていきました。 江すてるは 章雄の戦地での無事を祈り 手紙を送っていました。 その手紙を 章雄は生涯 大切に持っていました。 終戦から 3年後章雄と 江すてるは東京大井町で新しい生活を始めます。 希望を捨てるなと説くこの 聖書の一節から一家は 空気の良い場所を求めて秩父山地の麓埼玉県 越生町へ移ります。 一家は 埼玉県 毛呂山へ移り章雄は 結核病棟に入院します。