蛭子すみません…。 阿部今日のお客様、蛭子さん。 蛭子さん、これはどういう作品なんですか?蛭子今、あっちゃこっちゃで展覧会をしていまして。 蛭子さんも実際会場に行かれて?蛭子飛ぶのに労力を使ったんじゃないですか。 船越僕たちの世代は蛭子さん世代だもんね。 蛭子どういうことですか?美保「ガロ」とかを読んで刺激を受けた世代です。 蛭子さんがお出になってきたころ。 船越蛭子さんは50代ではないですよね。 蛭子最初の出だしがエッチ系の漫画だったんですよ。 蛭子さん、スマートボールには思い入れがおありだそうで。
船越それは、かなり親しいお友達とでもそういうことはあるわけですか?蛭子ありますね。 船越それは、若いときというか子どものころからそういう傾向があったんですか?蛭子、全部持ってって言って。 船越そういうときっていうのはどんなお気持ちだったんですか?蛭子悲しかったですけどねでも、後ろのほうからついていって。 美保すごい大親友っているんですか?蛭子さんって奥さん以外に。 船越そんなときにふっと俺って、孤独だななんてことは感じたりはされないんですか?蛭子時々あります。
船越「スマボトーク」の台を蛭子さんに描いていただく。 船越壁に蛭子さんの壁画を…。 蛭子全然似てない。 やっぱり、絵は子どものころからお好きだったんですか?蛭子子どものころからよく漫画見てて。 船越これはどんなストーリー?蛭子これはすごくパチンコに行きたいと思ってる若者結婚して、新婚さん。 迷路のような百貨店をさまよってパチンコ屋さんにはとうとうたどり着けなかったと。 パチンコの台に蹴り入れてる漫画もありますよね。 阿部そのパチンコ屋に行きたいという気持ちは蛭子さんご自身の気持ちだったりもするんですよね。
そもそも漫画家になろうと思われたきっかけはなんだったんですか?蛭子漫画家になろうと思ったのは東京に来てからなんですけどいろんな職業に就きまして通ったんですよ。 でも、自分の名前が出るような仕事に就きたいなと思っていたので船越子どものころから影響を受けた漫画家さんとか作品とかっていうのはあるんですか?蛭子子どものころは「鉄人28号」とか「鉄腕アトム」がすごい好きでした。 蛭子それと、学生運動もこのころは盛んで、俺の看板屋で一緒だったその漫画を描く人もちょっとそういう運動に入ってよく寄付金を取りに来てました。
船越どの辺が好みですか?蛭子顔とかもすごくかわいい。 阿部実は蛭子さんの初舞台は柄本明さんが主宰する劇団東京乾電池の舞台。 蛭子全然、芝居もできてないし本当に恥ずかしいです。 船越でも、この東京乾電池の舞台の出演が蛭子さんの今日の表現者としての幅を広げることにつながっていったわけですよね。 蛭子最初は柄本さんから東京乾電池の舞台のポスターを描いてくれと言われて何枚か描いて。 船越柄本さんがおっしゃるように、どうしてもお客様の視線が蛭子さんのほうに集まっていってしまうと。
船越今後も蛭子さん、俳優には挑戦し続けていきたい?船越だからこそ天才なんでしょうね。 船越最近、ギャンブルはあんまり行かれてないんですか?蛭子あんまり行ってないんですよね。 船越それは、どうしてですか?蛭子家族のことを大事にしないといけないかなと思って。 船越そこまで、蛭子さんがあれほどお好きだったギャンブルを…。 船越旅行とかには?蛭子旅行とかも時々行きます。 船越奥様はどうして神社がそんなにお好きなんですか?蛭子それは俺にも分からないですけど。