歴史秘話ヒストリア「発見 蘇我入鹿の棺 よみがえる“大化改新”」

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この番組のまとめ

♪~日本史の教科書で 必ず習う古代史一番の大事件。 645年 時の権力者蘇我入鹿が…。 事件の直前蘇我氏が行った 謎の儀式。 そして 事件をきっかけに飛鳥の地の発掘調査から歴史に埋もれた一族の真実の物語が よみがえります。 蘇我入鹿は国の政をほしいままにし王家を傾けようとしております。 舞台は飛鳥盆地の中央にある王宮飛鳥板蓋宮です。 この王宮に蘇我入鹿が現れました。 よし!「日本書紀」には事件現場が こう記されています。 事件現場の王宮 飛鳥板蓋宮です。

たった2日で大権力者蘇我氏の本家は滅亡したのです。 入鹿のものは「谷の宮門」と呼ばれ蘇我氏が創建した日本最古の寺です。 本尊…そして 蘇我氏にまつわる驚くべきものが見つかったのです。 6世紀の半ば 蘇我氏は飛鳥に目をつけ次々と拠点を置きます。 つまり この建物は朝鮮半島からの渡来人のもの。 そこに目をつけた蘇我氏がですねここに 都を置こうと考えまして…それが 倉です。 蘇我氏は 国の財務をつかさどっていました。 こうした仕事を蘇我氏は東漢氏や秦氏など渡来人たちを使って行いました。

先ほどご紹介した 石舞台古墳。 一方 石舞台古墳から南へ 400m。 最近 発掘された都塚古墳はまるで ピラミッドのような古墳と話題を呼びました。 小山田古墳を蘇我蝦夷の墓と考えています。 今回 見つかった小山田古墳と菖蒲池古墳。 南東には 都塚古墳と石舞台古墳。 ただ菖蒲池古墳の家形石棺というのはこちら 見て頂きますと分かりますように…棺は 柱や梁 軒など実際の家の形を精密に写し取ったかのようです。