NHKスペシャル「憲法と日本人~1949−64 知られざる攻防〜」

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この番組のまとめ

今年3月 戦後の憲法改正論議を主導した政治家の史料が大量に見つかりました。 英語で書かれていた日記から憲法の施行後 間もなくアメリカが改憲を迫っていた事実が浮かび上がってきました。 今 改憲勢力は衆参両院ともに憲法改正の発議に必要な3分の2を超えています。 その壁となったのがアメリカ自身が制定を主導した戦力の不保持を定めた憲法9条でした。 アメリカに対し池田は日本の憲法を挙げこう切り出したといいます。 当時のアメリカは再軍備の足かせとなる憲法への いらだちを募らせていました。

更に 戦時下の東條内閣を憲法改正を求めるアメリカとそれに歩調を合わせる経済団体の思惑。 戦後の憲法論議を研究する渡辺 治さんはアメリカの圧力が憲法改正の議論に国際情勢の変化の中で アメリカの影響を受ける日本の姿は現在と重なる部分もあると思います。 そして 憲法改正を主張する声が高まっていきます。 憲法改正を目指す議員団体も設立されます。 今回 山梨にある広瀬の自宅から生前 書き残した憲法改正に関する膨大な史料が発見されました。

そして 憲法改正論議に終止符を打ったのが皮肉にも 政府が 改憲を後押しするために設置した憲法調査会でした。 憲法調査会は会長自ら アメリカに赴き制定の過程を検証しました。 宇治さんは 憲法調査会の終盤委員40人を対象にアンケートを実施。 憲法調査会の副会長を務めた政治学者の矢部貞治です。 改憲勢力が三分の二を占めたというだけで1964年7月 憲法調査会は最終報告書を政府に提出します。 憲法調査会によって憲法改正論議は棚上げされる事になったのです。