ごごナマ「アンコール 宝田明」

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この番組のまとめ

この日のゲストは80歳を過ぎてもまだまだお元気で活躍を続けるこの方です!なんと 石原裕次郎さんに毎晩毎晩 たかられていた!?衝撃! 高倉 健さんをノックアウトしてしまった大事件とは?おじいちゃんとこけえへんか?そのダンディーな存在感で今なお 活躍を続けていらっしゃる宝田さんですが…。

さあ 「銀幕スター! 宝田明さん華麗なる交友録」ということでそして日本統治下 朝鮮半島でお生まれになってですねお父さんが南満州鉄道 いわゆる満鉄の技師でいらっしゃった…。 そのお仕事の関係で12歳まで旧満州現在の中国東北地方で過ごしました。 高校卒業後東宝ニューフェイスの第6期に合格されたわけですね。 森繁久彌さんと三船敏郎さんということでございますけどもあの~ まあ… 本当に仲よく?ええ そうですね。

疑心暗鬼に陥る戦国時代の武人の末路を描いたまあ 世界の黒澤監督の名作としても皆さん ご存じだと思います。 「黒澤の野郎 今に覚えてろ…」っていうのを ぶつぶつ言いながらメーキャップしてそれで現場 行ったら弓矢は 実はあなたも ご存じのように矢の中に ピアノ線を通して弓を引いて着地が決まってるんですけど実は 弓道 師範とかいわゆる錬士とか範士みたいなもう 60 70 80になろうというご老人をですねみんな 黒澤さん呼びましてキャメラの脇20mぐらいから 生の矢を…。

あの才能が 亡くなってしまったので残念ですけど大体あの 石原慎太郎お兄さんの慎太郎に「今度 弟が日活に出るから宝田君よろしく頼むよ」って。 そしたら 日活の撮影所が多摩川の調布の方にあるので川伝いに 東宝の砧の撮影所の前の小さな食堂で金がないから ビールの小瓶1本をず~っと飲んでて。 すると撮影所のセットにメモが来て「新人の石原裕次郎というのが来てますよ」というのが女の子から来るんですねメッセージが。

成瀬巳喜男監督が メガホンをとりました「放浪記」。 そのうちに妻の芙美子の原稿が同人雑誌に売れてそれで お給金が入ったんだよ。 20秒 宝田君 違うよって監督が言うものですから僕は 調子いい方ではい 分かりました!もう一回やって下さいって言って 大体 4~5回はキャメラテストとかマイクのテストのためにおつきあいするじゃないですか。 そのうちに…宝田君 違うよと言われてああ そうですかってうちにあっという間に何十回かやっているうちにプ~って お昼のサイレンが鳴って一時休み。

ところが 本番の時はそうじゃなくてこの高峰秀子今に見ていろ こらっていうんで私的に思ってたから今に見ていろ コノヤロー撮影所じゃなかったらぶっ飛ばすっていうそれが 出たのかもしれない。 その後 高峰さんとどういうご関係になられ…?それで 何十年かたって僕 いろんな仕事舞台 ミュージカルをやるようになってからある日 高峰さんから電話あっておたかさん 元気?って言うから はい 元気。 その時のお気持ちはいかがでした?え~っと1本目は福沢諭吉の映画で私は 下級武士の一人。

ところがやっぱり今まで映画ですとキャメラは ここに来ますけど舞台…オーケストラボックスを前にして大勢の観客がいて どうしても芝居が大きくなりますけれどもそうですね1か月 本当に稽古して1か月 本番やりますとね何と言いますか その作品にどうも離れられないんですよね。 こちらの「ファンタスティックス」。

音楽を聴くと いつでもどこでも歌い踊らずにはいられなくなる催眠をかけられてしまった一流会社の会社員が主人公の映画「ダンスウィズミー」。 宝田さんが演じるのは物語の鍵となる催眠術師です。 催眠術師の役は いかがでした?そうですね初めて催眠術師の役なんですがかけてしまった女の子に解かないで私は落ちぶれてどこか地方の旅公演に行っちゃうもんですからかけたままかけられた女の子が解いてもらおうと思って私のあと追っかけてくるんですよ。

特に思い出に残っている事件ってございますでしょうか?何と言っても終戦と同時にソ満国境からソ連の正規軍がドッと入ってきてハルビンの大都会も もうソ連軍に何て言うんですかもうじゅうりんされたと…踏みにじられた中で一般市民日本人はまるで羊みたいになって身を潜めて生活してました。