あのころ 私は フィリピンにいたおはようございます!戦争のさなか 多くの民間企業が軍に続いて進出し社内では 女性海外赴任者の第一号だった奥田くん次 この原稿タイプ頼む。 宮野支店長 電報です。 奥田くん至急 発注内容をまとめる。 フィリピンは 戦争の外にあるんだとなに?ううん。 私 子供のころから ずっと内地の大和撫子に会いたかったの。 警報?そうだ 今日 防空演習だったね。
これ フォトカレンダーってんです。 だって そっちは 店 閉めるくせに人には 馬車馬 続けさせるって?なんで。 全然 馬車馬じゃないでしょ?そうやって 長ッ尻だし。 私たち民間人も 軍を追いルソン島北部に退却していった。 男性の ほとんどは 臨時に徴兵され残された女性の中から 131名が選抜され第十二陸軍病院に集められた本日付で陸軍特志看護婦としてなでしこ隊を編制する。 職務内容は 看護婦補助 食料調達補助。 諸君は 各班班長として隊を率いてもらう。 はい!なでしこ隊隊長は 豊風商事 奥田凛子。
やっと 日本人を探し始めたんだって。 戦争中は 日本人っていうだけで命を狙われたから。 弟さんね 今は フィリピン国籍を取ってでも… 綾にねよかったら 一緒に暮らしませんかって。 ノー! ストップ! ストップ!ストップ!ノー! ストップ! ストップ!種芋だけは残してくださいと言っています。 日本人が来たら 分けてくださいと。 サンキュー。 サンキュー。 あ~ なに! バカ バカ!痛い 痛い 痛い!フィリピンに 帰りたい…?母ちゃん…。 証明写真 撮ってよ。