デビュー直後 女子学生やOLたちがこぞって彼女の作品を手にした平成の一大ブームはばなな現象と呼ばれ♪~歌い 踊り 唱える。 深いハワイアンスピリットを伝える日本では数少ないフラの伝道師です。 しかし 二十歳の頃 体を壊しフラが踊れなくなったサンディーさんは…自らの言霊でつづり人々の心に突き刺さる作品を数多く生み出し続ける作家。 下町のにおいが 色濃く残る文京区千駄木で隣近所の人たちと触れ合いながら育ちました。 ♪~で 訳分からなくても一生懸命 コピーをしていた時代。
沢田研二さんとかも やってて私も1週間に1日頂いてそれを2年半ぐらい続けるために輩出した世界歌謡祭でグランプリを受賞。 当時 YMOのメンバーとして世界で活躍していた細野晴臣さんがその歌声に ほれ込みプロデュースしてくれる事が決まったのです。 細野さんが インド歌謡とかそういうエスニックな こぶしがとっても好きで 「英語がペラペラで民謡のこぶしが クルクル回る人がいいんだよ」とか言われてそれでね インド歌謡こぶし洗礼をでも よかった。