その後もヒット作を出し続け35歳の時イタリアの優れた芸術家に贈られる銀のマスク賞を日本人として 初めて受賞。 深いハワイアンスピリットを伝える家庭の事情でハワイに養子に出されます。 そこで 坂本 九さんとの偶然の出会いをきっかけにその後 30代はサンディー&ザ・サンセッツのボーカルとして世界中を駆け巡りました。 23歳のデビュー以来次々とミリオンセラーを飛ばし父親は 戦後最大の思想家と呼ばれた 吉本隆明。 ただ その変な歌詞が異常に きれいなメロディーに乗っているというこのギャップ。
40代になってフラの正統な継承者になるためハワイで挑戦を始めた サンディーさん。 もちろん すばらしいしものすごい学びが いっぱいあって楽しいから いいんですけどホントに思い ホントに祈りを体で届けるのがフラだとしたら自分のネイティブランゲージの一番 しみる言葉でそれを踊ってみたらどうなるっていうのがちょっと あったんですけどね。 合間に ちょっとフラも練習しなきゃみたいな感じで楽器の技術は もちろんハワイの歴史や言葉に精通しその精神を伝えていくにふさわしいと認められた人物しかなれません。