国内最大級の食品公害…その食用油は 西日本一帯で流通。 今回成立した法律は被害回復の支援や健康状態の把握などの措置を講じるよう初めて 国にその責務を定めました。 やはり カネミ油症の問題は 「黒い赤ちゃん」でも生まれたように2世3世の子供たちもいろいろな被害を受け影響はかなり受けていると思います。 事件発覚後 油症患者から褐色の皮膚をした母親が取り込んだ毒の影響が子供にも及んでいました。 有害化学物質を直接食べた被害者は自分の子供への影響を認めたくありません。
中学2年生で 順子さんは油症患者と認定されました。 で 母はそのまま私の食べなかったご飯とかを全部持って高校卒業と同時に順子さんは島を離れました。 油症の事を誰も知らない町へと愛知県の紡績工場に就職しました。 もし自分が 命を絶ってしまって本当に死んでしまったらでも やっぱり どうしてもあの時の母の顔。 二人が歩んできた道には事あるごとにカネミ油症への不安が影を落としてきました。 20年たっていれば もう当時騒がれた油症新生児 ちょっと肌の色の黒かった 赤ちゃんとかですよね。
あなたを守るために 強く生きるから一緒に お母さんと一緒に歩いていこうって学校に通う年齢になっても症状は治まらず原因不明の高熱や腹痛 疲れやすさを訴えるようになりました。 ダイオキシンは 体内に入ると排出されにくく長期にわたって体を蝕むおそれがあります。 強い毒性を持ち 免疫機能や生殖機能への影響発ガン性などが疑われています。 ダイオキシンは ベトナム戦争でアメリカ軍が使用した枯葉剤にああ わけの分からない症状はいわゆるダイオキシンの影響だったんだってその時 自分で思ったんですよ。
国は3年前認定患者 1,131人を対象にしたアンケート調査の結果を公表しました。 この基準で油症患者と認められた人のみ医療費の自己負担分などが加害企業より支払われます。 国は 現在の診断基準でこれまでも子供世代の患者を認定しているといいます。 子供世代の被害認定の実態はどうなっているのか。 認定被害者の8割以上が集中する長崎県と福岡県に子供世代と見られる認定患者の数を聞いたのです。 油症患者として認定された被害者数は男性が17名 女性が16名で合計33名 いらっしゃいます。
「PCB PCQ PeCDFが全て正常範囲内であった事は安心できる事と安堵いたしております」。 治る治らないは別として明確に認定患者にされるなら45年前の事件発覚当初親から子供へ毒が移行する危険性は医学者の間で強く認識されていました。 事件が発覚した頃から油症被害の研究に携わってきた…吉村さんは事件から4年後長崎県の五島列島で油症患者のいる108世帯を対象に調査を行いました。
カネミ油症事件なんてのはね被害者には 何の落ち度もないんだから。 下田さんの家では順子さんの娘 恵さんが東京で開かれる被害者集会に出て恵さんが声を上げようと思ったのにはある きっかけがありました。 恵さんは 集会に参加して自分の経験を語る事で子供の世代の被害について少しでも理解してもらいたいと考えていました。 20歳を過ぎた子供が「私 自分の言葉で油症の事を親から子へ 子から孫へつながれていく 命のバトン。 汚染油のカネミライスオイルは直接 食べていません。
油症患者から生まれ 認定を受けている子供6人の へその緒とやはり胎児性油症の原因物質もものすごく強いわけですよ。 カネミ油症事件の発覚から10年後台湾油症の研究の中心を担うのが台湾大学です。 油症事件が起きた直後 台湾では日本のカネミ油症が 実態解明や被害者救済の参考にされました。 台湾では 油症患者の母親から生まれた子供は申請すれば被害者として認められます。 それで これからちょっと 次世代のですね被害者として訴えをしたいという実は 私の子供なんですけどもお話をします。