ETV特集▽原発事故 国家はどう補償したのか~チェルノブイリ法 23年の軌跡

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この番組のまとめ

補償の根拠となっているのが事故の5年後に制定された「チェルノブイリ法」です。 チェルノブイリ法の特徴は事故による被ばくが5年後の時点で 年間1ミリシーベルトを超えると推定された地域を原子炉をどうするかも問題ですが最も重要な事は 被災した人々をどう守っていくかという事です。 チェルノブイリ法は移住しなかった住民への補償を次のように定めています。

冷戦時代 社会主義諸国の盟主だった ソビエトにとってチェルノブイリ原発を抱える ウクライナ。 やがて 事故処理の作業員とウクライナの市民は一丸となってソビエト政府に抗議するようになります。 当時 コロステン市のトップ共産党委員会書記だった…私は ソビエト政府の保健大臣に電報を送りました。 事故後 私たちは 住民にとって許容可能な放射線量をその結果これ以下の放射線量なら自然に発生する がんの範囲内に収まると結論づけたのです。

ウクライナ・チェルノブイリ委員会は被ばく限度量を どこに定めるのか討議を行いました。 ソビエト政府の5ミリに反対して我々が 1ミリという数字を打ち出す事で人々は ウクライナ政府が自分たちの味方であると思い安心するのです。 委員会発足から 8か月後チェルノブイリ法は 採択されました。 チェルノブイリ法に基づきウクライナの被災地は4つの区域に分類されました。 チェルノブイリ法で支出すべき予算のうち実際にどれだけ実現されたのか。

ウクライナの首都 キエフから120kmしか離れていない場所にチェルノブイリ法制定から半年がたった1991年8月24日。 自らの予算で チェルノブイリ法の遂行を担う事になった ウクライナ政府。 教育か 科学かそれとも チェルノブイリ法か。 そして チェルノブイリの被災者救済を優先させたのです。 新政権はチェルノブイリの被災者についてこれまでどおりの補償を行っていくと表明しました。 憲法違反にならないようチェルノブイリ法の条文を守るようにしているのです。