こんな ユニークな交響曲を書いたのはオーストリアの作曲家…国内を中心に活動していましたが50歳を過ぎる頃にはハイドンの評判は ヨーロッパ中に広く知れ渡っていました。 59歳の時 ハイドンはロンドンで多くのコンサートを主催していた興行師ザロモンから新作の依頼を受けます。 ザロモンは 絶大な人気を誇っていたハイドンをなんとか ロンドンに呼び寄せたいと考えていたのです。 破格の条件を示され ハイドンはロンドンでの演奏会に向けて早速 作曲に取りかかりました。
広げるだけで この千円札が…一万円札に。 千円札 どこいっちゃったの?師匠に弟子入りしてから始めたのはですね こういう…。 マギーさんはハイドンの この曲と一緒で人を びっくりさせるのが仕事じゃないですか。 そもそも なぜ ハイドンは曲の中にサプライズを仕掛けたのでしょうか。 この地で 一大勢力を誇った大貴族…ハイドンの才能を高く評価し長きにわたり 彼に宮廷の楽団の責任者を任せました。
そこで…オーボエの音からチューニングが始まるのには楽器の構造が大きく関係していたんですね!ハイドンの 「飽きさせない」精神が息づいていました。 例えば こんなふうに短調の世界がしっかり完結するまで普通は表現をするんですけれどもハイドンは…なんか ちょっと裏切られた感じしませんでした 今?そうですね。 まず この曲のメロディーのベース音というか伴奏部分左手に注目して聴いて頂きたいんですけれども。 こんなふうにして 演奏家も裏切り聴き手も裏切りというびっくりポイントを随所に仕掛けているんですね。