先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)人がほれ込むリーダーとは▽本田宗一郎・後編

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この番組のまとめ

今日の「知恵泉」も 本田宗一郎。 今 男同士でエンジン 語ってるんですよ! 店長。 鮎は 本田宗一郎と関係あるんですよね。 それを カーレースの最高峰F1を制覇するほどの世界的自動車メーカーに育て上げました。 宗一郎に怒られた人は新入社員からベテランまで数知れず。 宗一郎のもと数々の自動車エンジンの設計に携わった 川本さん。 どなられながらも 宗一郎のものづくりにかける情熱に大きな影響を受けたという川本さん。

到着するやいなや 宗一郎が怒りの形相で出迎えました。 宗一郎の怒りが 工員の健康を考えたものだと知りみんなの幸せっていうのかみんなの喜びっていうのかねそれを作る人たちの安全とかそれを作る人の命というんですかね。 宗一郎は自分の利益を求めるための私心では怒りませんでした。 しかも この宗一郎の怒りは私の経験では 何回もあって。 今 思えば宗一郎の怒り方っていうのはどういうメッセージを発していたものなんでしょうね。 要するに 宗一郎哲学ですね。

今 携帯電話で「おい 俺 アンカレジだけどもう 爆発的にドーッと怒ったんですね。 ありますけども基本は やっぱり人間と人間の信頼関係ができてないところにハラスメントというふうに受け取られちゃう問題があるんじゃないかなと私は思いますね。 信頼関係が きちんとある。 宗一郎さんも 誰がやってる目的は何だっていうのは分かってるわけです。 何か そのやり返しも信頼関係を感じますね。 信頼関係があるから両方ともやれるんです。 人を喜ばせる事が大好きだった 宗一郎。 宗一郎 晩年の秘書 住川忠行さん。

かたくなに土曜の仕事を受け入れなかった 宗一郎。 渋る経理に対し宗一郎は こう言いました。 それに触れた時 人は宗一郎を「オヤジ」と呼ぶようになるのでした。 発電機用のエンジン作ってますよね。 小型発電機。 宗一郎さんが 「これなキャンプに行ったりするだろう」と。 10代の終わり頃に自動車の修理業というのは心の修理業だって 気が付いたって後で書いておられるんです。 その話を 宮城県の蔵王の近くでススキの野原の中を走ってる時にそんな事がね ほんとに また天然に出てくる。

宗一郎は いつものように奇抜なアイデアを出していました。 自分で アイデアを練ると意を決して宗一郎に見せようと考えます。 部屋では ちょうど宗一郎が自分のアイデアを描いて自慢げに披露しているところでした。 低公害エンジンの開発現場にいた…宗一郎の言葉に疑問を持った一人でした。 川本さんは 現場で 宗一郎が辞めるという一報を聞いた時はどういうふうに思われました?う~ん やっぱり技術面ではね彼の技術は経験則によってますからそれは 一番強く理解した人だと思うんです。