日曜美術館 特別アンコール「私と鳥獣戯画 手塚治虫」

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この番組のまとめ

日本漫画界の巨匠が漫画の原点とも言われる「鳥獣戯画」を当時どのように語って下さったのかとても興味深いですよね。 今から 800年も前平安末期から 鎌倉時代にかけて描かれたというこの「鳥獣戯画」。 で この「鳥獣戯画」に関してはね小学生の頃に 確か一場面ですね何かの本で見ましてねそれが カエルとウサギの相撲のところでした。 特に そのころ出た「日本漫画大観」という 大きな文庫の中にそれで いわゆる ものすごいカルチャーショックを受けましてね。

ところが こういうふうに1本の線で ウサギの目が描かれるという こういう技法はそのころの絵巻物どころか海外の漫画にも ないんですね。 この「鳥獣戯画」にはアイデアの面白さと絵の面白さがあるんですがこのカエルが 自分が勝つためにウサギの耳をかんで負かそうとしてると。 これは アイデアの面白さですね。 ところが これはカエルが ものを言ってるという事を煙で表したという非常に オリジナリティーがありましてね。 また これはアイデアの面白さですけどカエルが お釈様の格好をして座ってますね。

保元・平治の乱を挟んで「信貴山縁起絵巻」は10世紀初めごろの聖命蓮にまつわる説話を絵巻にしたものです。 このような表現は貴族たちの物静かな表情や「信貴山縁起」という宗教的な題材を扱いながら絵巻の主役は 庶民なのです。

「鳥獣戯画」はじめ「伴大納言絵詞」とか「信貴山縁起絵巻」にはそのまま写生して描かれた絵ですよね。 だから 恐らくこの「鳥獣戯画」も初めは 近所の子供を集めて「面白いものを見せてやるよ」と言って 見せる絵とかね。 「鳥獣戯画」甲巻には原本以外に2~3の断簡つまり切れ端などが残っています。 実は この「鳥獣戯画」は元来こういった場面も含んだ今より長いものではなかったのか。 私たちの目に触れないところにかつて 一巻の巻物として描かれた「鳥獣戯画」の断片が今も眠っているのかもしれません。

そして それを つなげてそして つなげた上に今度は それをつなげたら1つの物語 出来てしまったんでそこに 例えば背景を 後で描き込んだりそれから 他の動物たちをまた 別に間に描き込んだりというような事もねあったんではないかと。 だから 非常に心の広いそして庶民的で温かい人だったんじゃないかという気がするんですね。 だから もうそれは庶民の そういうギャグ冗談話とかね 世間話よく知ってる人だと思うんです。 それと同時に 非常に この中には仏教画もあるんですね。

カエルのプロポーション つまり背丈ですねこれも違うんですね。 そういうふうに裸踊りをしているカエルとそれから 服を着て擬人化されてるカエル。 模本ではね 最後にヘビが出てきてカエルが逃げるとこで終わってます。 で 面白い事に こういう戯画の全く同じポーズを模写した絵が江戸時代も出てくるんですよ。 高山寺は 奈良時代の末に開かれた真言宗のお寺です。

例えば 「鳥獣戯画」の中にカエルが死にましてねもしかしたらですねこれ 描いた人の周りにそういう市井の 三面記事的な事件あったかも分からないんですがそれは 事件にまでならないんですね。 僕は これ 面白い事に確かに これはいろいろ 表情とか それから主体が千差万別であるんですがこれは やはり ある程度 下描きをしたもんじゃないかと思います。 そうすると「鳥獣戯画」は 言葉が適切でないかもしれませんが一種のいたずら描きだったというようなふうに…。