新世代が解く!ニッポンのジレンマ「大学のジレンマ?教育のジレンマ?」

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この番組のまとめ

アメリカ アジア ヨーロッパさまざまな教育を受けてきた経験を持つ新世代がグローバル時代の大学 日本の教育のあるべき姿を巡り議論は白熱する。 さまざまな角度から大学を 教育を語り尽す 90分あなたも参加して下さい!「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」今回のテーマは 「大学のジレンマ研究」という事なんですが教育に関するジレンマ これまで多々やってきましたけれどもこのテーマ いかがですか?教育を語るってやっぱり難しいですよね。 論客の皆さん それぞれに大学 入試に対する今回ゲストの中では唯一の教育学の専門家。

インターネットによる生命保険会社を興し新たな価値を創造する人材教育について考える経営者。 イギリスの学校で日本人 1人だけだったのでやっぱり 行った頃はですね典型的な日本人の子供で「みんなと同じじゃないと嫌だ」と泣いてたの 覚えてるんですね。

受験勉強 大学受験に向けてというのでものすごく尻たたく学校に入ったんですよね。

その時に今までの日本の社会というのは更に言うと これから大学から社会っていうふうな事の接続を考えた時に 社会が求めるそういった能力っていうのと大学が 今まで大事にしてきたものとの間にズレが出てきてるんじゃないかっていうそういうふうな事があってそれに合わせて単なる 知識を習得するというだけじゃなくって思考力 判断力 表現力も大事になってくるのでそちらの方に 重点を置いたテストをやっていきましょうというそういう事だと思うんですね。

産業国家として先進国に肩を並べようとする頃になると大学進学者は急増する。 こうした大学の大衆化の流れの中で日本の教育制度を特徴づけてきたのが…いい大学から いい会社へという価値観が広まった。

結局 何を教わったのかほとんど忘れちゃいませんか?この前 たまたま東京の公立高校の入試試験見たんですけどなんか 示準化石とか示相化石とか出てきてそんな事は中学校で勉強した以来 一回も使った事がない知識だったからあまり分かんなかったんですよ。 それについて いいですか?僕が思うのは小学校 中学校とかで学んだいろんな知識っていうのはもう 空気とか なんか当たり前のもののように自分の中に 多分残ってるんだと思うんですよ。

自分の頭で ものを考えるって事の難しさっていうのは多分 教育っていう事と持とうというのが創造力の一つですよね。

だから別に アメリカで教育を受けたわけじゃなくてシリコンバレーの多くの人は世界中から集まってきてるので決して僕は アメリカの教育が創造性を育んだとは必ずしも言えなくてむしろ例えば 多様な人たちが集まって ぶつかり合えてそういった人たちが評価される社会の土壌みたいなところが支えてるような気がするんですよね。

ただし こういう形で大学入試のテストに思考力を測っていそうな問題を入れるというのはだから 一過性のそういった チェンジしていく時の最初の部分としては そういうのはありかもしれないけどもそういうふうな意味合いが多分かなり強いんですよね。

アメリカ人 多分100人に聞いても 100人が「クリエーティブな仕事したくないなぁ」と言う人 いないと思うんですよ。 以前 僕 ある授業のためにパワーポイントを用意しようと画像検索したんですよ。 日本で「教室」って画像検索するとこれが 出てこないんですよ。 アメリカで「class room」って検索すると パッと出る。 それってアメリカだけなんじゃないですか?そうなんですかね。 僕 ノルウェー留学してたんですけど授業中 手を挙げてたのってアメリカ人だけで。

で 「多様性 多様性」と言うならまず 大学のあり方も多様であってもいいし多様な企業のニーズもあるし多様な学生もあるのでやはり こういう事も含めて一律で議論してる事が難しい問題を間違った方向に導いてるのかもしれないと思いました。 まあ 何が違うかというとまず アメリカ社会自体が結構 グローバル化してる。 多民族国家でもありますしまた アメリカの内需が半端ないです。

そう思うとグローバルとローカルといったもので分けるっていうのはちょっと違うかなと思うんですがただ産業構造 どういうふうな労働者が必要なのかっていう事のそうではない極端なところでいうと人間ならば ある程度誰でもできるというふうな…言ったらあれですけれどもそういう単純労働もあるし…。 後半は 討論の場京都大学東京オフィスに集まった オーディエンスの声から議論は展開する。

例えば 保育園とか幼稚園も今 多様化が進んでるので普通じゃなくて こだわって その保育園なり幼稚園に入った場合そのあと義務教育に行って苦労するんじゃないかとか。 幼稚園 小学校 中学校高校 大学がどうつながっているのかなっていうところが疑問で何か その辺り ご意見がある方いらっしゃいましたら是非 聞きたいと思っています。

この差は何かっていうと社会が学校の先生をものすごい引き裂いててほとんど… 何て言うんですか事務職を ガンガンやりながら途中で教えてるようなそういう 何て言うんだろう小間使いって言ったら失礼なんだけど そういうような事を やらせてる一方でだけど 僕たちは どこかでこの人たちに対して何か特別な教育を施してほしいって期待してるんですよね。

教育改革を 本当に実現可能でかつ 効果的なものとするには?再び 東京大学 第二十八代総長小宮山 宏の提言を聞く。 理想の大学像っていうふうな事が出てきましたけれどもそれでいうと やっぱり大学教育も そうですし小学校 中学校 高校もそうですけど学校教育が得意とするのは 要は頭の中での認識というんですか…それを 創造力を教育するっていうふうな発想なんか ちょっとおかしな気がするんですよね。 僕は今 東京工業大学で コミュニケーションの授業を教えてるんですけど僕の授業に通ってる…もう 国立大学ですよ。

じゃあ もしも 仮に半年間の授業でコミュニケーション能力がつくのだとしたならばこの 高大接続改革プランとか別に いらなくないですか?パックンみたいな先生が大学に1人いて半年間 教えたらそれで別にいいんだったら…。 4歳 5歳の段階から プレゼン能力コミュニケーション能力を鍛えてる。

それぞれ 今多様化している中である程度 細分化してそれぞれの機関である程度 指標を決めて個人個人も 大学に頼るとか教育機関に頼るんではなくて自分の価値観を形成した上で選択するっていう事がすごく大事だと思うので。