日曜美術館「仏像をよみがえらせた男・新納忠之介」

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この番組のまとめ

♪~明治から昭和にかけて日本の名だたる仏像の修理を手掛けてきたのが…1,000本の手を持つ唐招提寺の千手観音。 仏像修理に生涯を捧げた新納忠之介。 気鋭の彫刻家だった新納が仏像修理の道に入る事になったのは一人の人物との出会いからでした。 東京美術学校の校長を経て日本美術院を創設した…天心は 青年時代 長年 秘仏として人目に触れる事のなかった法隆寺の救世観音像に出会い大きく心を揺さぶられました。 ある日 天心は 東大寺法華堂の仏像修理を持ちかけます。

図解だけで見て 即座に補足箇所と それから修理箇所が分ける事ができますんで。 実物と同じ大きさで 同じような古色を帯びているため大正5年から 新納は唐招提寺金堂の仏像の大掛かりな修理に取り組みます。 金堂には向かって右に 薬師如来中央には 本尊の盧舎那仏そして 左に 千手観音が並びます。

再び 千手観音をはじめとする唐招提寺金堂の仏像の修理が行われました。 新納が行った修理の手法を踏襲し発展させた 平成の修理。 それで運慶は喜んで 笑いながら閻魔さんのお顔を彫ったので円応寺の閻魔大王も明珍が修理しました。 修理直後の写真からもその継ぎ目を確認する事ができます。 明珍たちは大正13年から3年ほどで鎌倉の仏像の修理を終えました。 1,001体に及ぶ千手観音立像がびっしり立ち並び荘厳な雰囲気に覆われています。 修理が始まった翌年昭和12年には 日中戦争が勃発。