それまで アメリカで暮らしていたキーンさんは一年の半分以上を日本で過ごすようになりました日本文学の研究を更に深めるためです日本人への深い愛情の一方にあった 厳しいまなざし。 実は 日本人の中にどうしても理解できない部分が残っていたのですその思いの原点は太平洋戦争キーンさんは 二十歳の時アメリカ海軍の兵士として 激戦の島アッツ島に派遣されますそこから日本人にとって戦争とは 命とはサムイ。
日本人に何を伝えれば自分の使命を全うできるのか…。 他の国は違うんですか?大抵の場合 天気についての簡単な記録だとか約束事を書いておくくらいのものが多いんですが日本人が書いた日記にはその時々の考え方や感情が読み取れるんです。
真の文明の内容を見ないから解しないから 感じないから更に キーンさんは太平洋戦争中に書かれた日記にも注目していきます翻訳したイギリスの小説「チャタレイ夫人の恋人」がわいせつ文書に当たると摘発を受けた伊藤 整。 日記の中に戦争の熱狂はなく目立っていたのは「細雪」の二文字例えば姉妹が蛍狩りに出かけた場面いろいろ確かめたんですけれども「細雪」は 戦時中の1943年の1月に月刊誌で連載が始まっています。