ミュージック・ポートレイト・選「桂文枝×千原ジュニア 第1夜」

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この番組のまとめ

いや 僕の周りでもね福山さんの結婚よりもジュニアの結婚の方が ショックやったと。 更に 落語家としては250を超える新作落語を自ら 書き下ろしその高い評価から数多くの賞を受賞しています。 ♪「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ」♪~15歳で せいじと千原兄弟を結成。 1943年 桂 文枝こと本名 河村靜也は第2次世界大戦 真っただ中の大阪で生まれました。 しかたなく 親戚の家に預けられた靜也少年。

この「Stand By Me」を見たんですよ。 大人になった主人公が失われた少年時代を回顧する物語。 ジュニア少年の父は見ながら 泣いていたといいます。 「Stand By Me」。 一方 10歳のジュニア少年は4歳年上の兄 せいじの後について遊び回る活発な男の子へと成長しました。 年上の気を引こうという思いこそが後の 芸人 千原ジュニアを形づくるとは僕は もう せいじが好きで好きでずっと せいじに ついて歩いて漏れなく せいじのTシャツは右斜め後ろが伸びてたらしいですけど。

本当 福知山いうのはちっちゃい町なんでみんな 普通の公立の中学生は黒い学生服なんですけどその私立の6年制の学校は紺色なんですよ。 高校の時から お笑いの世界入りたかったけど漫才っていうのの難しさコンビの難しさいうのは分かったような気がしてで その時に 米朝師匠が落語されたんですけど それ見て「あっ自分は これしかない」と思って落語家になったんですよね。 一人で笑いを作り上げる落語の魅力に取りつかれ早速 落語研究会に入ります。

なかなか 落語が受けずプロの厳しさを痛感していた三枝に師匠が小さいながら チャンスを与えます。 三枝は この幸運を生かしラジオ番組の人気者として圧倒的な支持を集めます。 皆さん…三枝は定番ギャグを次々に生み出し人気を不動のものにします。 高度成長時代の雰囲気にマッチした軽妙なギャグ。

生まれて初めて作ったネタと共に大阪の養成所に向かったジュニア。 えっと FUJIWARAとかバッファロー吾郎とかがこう やってるんですよ。 ほんで FUJIWARAとかメチャクチャ面白いんですよ。 メチャクチャおもろいやん。 芸人としての手応えを感じたジュニアは僅か2か月で 高校を中退しお笑い養成所に入学。 養成所に入り 本格的にお笑いを始めて気付いたのはしかし 笑いが取れない彼らが舞台に立てるはずもなくつらい日々はジュニアを不安にさせました。