地球ドラマチック「玉(ぎょく)の衣をまとった王~古代中国の栄枯盛衰〜」

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この番組のまとめ

かつては長安と呼ばれこの巨大な遺跡は漢王朝6代目の皇帝景帝の陵墓です。 始皇帝の兵馬俑は等身大でしたが兵士だけでなくさまざまな動物の俑も見つかりました。 皇帝 その夫人たちと子供そして宦官の一群が漢王朝は景帝が治めた紀元前2世紀半ばに黄金期を迎えたとされ景帝は すぐれた皇帝として父親から受け継いだ財産や優秀な大臣たちでした。 景帝の陵墓の陪葬坑には日常の世界が縮小した形で再現されていました。 始皇帝の兵馬俑はあの世でも敵と戦うため巨大で威圧的です。

景帝は自分に先立つ2人の皇帝の陵墓の前で定期的に舞踊の儀式を開催する事を義務づけました。 徐州は900万以上の人口を抱える発展中の都市ですが漢王朝時代の地方王国の名残を至る所で見る事ができます。 王のなきがらは「獅子山楚王陵」と呼ばれる墓に葬られました。 イギリス フィッツウィリアム美術館のジェームズ・リンは地元の考古学者と協力してこの漢の時代の墓を調査しました。 獅子山楚王陵は硬い石灰岩を切り抜いて作られています。 未完成の墓ではありますが王が眠る部屋を墓泥棒から守る巧妙な警備システムを備えていました。

古代中国では体にある穴を塞ぐ事であの世での健康のために玉の詰め物が9つ必要でした。 玉の衣を脱ぎ捨て肉体からも抜け出し不滅の生命につながるとされた玉の神秘的な力は人々を強く引きつけました。 「玉を飲む事で その純粋さや神秘的な力が肉体に吸収されるに違いない。 武帝の在位期間は50年を超え中国史上 最も長く君臨した皇帝の一人になりました。 どの皇帝も年をとるにつれて死を意識するようになりこれは「羊脂玉」と呼ばれる特に高価な玉で1個数千万円にもなります。