考古学者たちのリーダーだったピエール・タレが破片の文字を解読したところそれが およそ4,600年前に書かれたギザの大ピラミッド建造にまつわる出来事が書き込まれていました。 これまでも 考古学者たちはピラミッドの周りを発掘調査してきました。 マーク・レーナーは 長年に わたってピラミッド周辺の発掘調査を行ってきました。 インドのタージ・マハルやエジプト最古の石の建造物「階段ピラミッド」など さまざまな修復に携わってきました。
日誌が発見されたワディ・アル・ジャルフの港はギザから200キロ離れていますがピラミッド建造のためだけに造られた施設だと考えられています。 ピラミッド建造のためにはこのような作業が何百回も必要でした。 ピラミッド建造に不可欠な資源である銅は貴重な金属として厳重に管理されていました。 銅製の工具を使って切り出された石は採石場からピラミッドの建造現場に運ばれました。 大ピラミッドの表面を覆うには膨大な量の石灰岩が必要でした。 ピラミッド建造に関わったメレルの日誌には当時の正確な地形や川の流れは分かりません。
レーナーは 大ピラミッドから 数百メートルの場所で発見された穴をしかし その上に現代の町がある以上大がかりな発掘はほぼ不可能で調査は難航しています。 ピラミッド建造が 極めて大規模な事業だった事が分かります。 だからこそ現代の目から見ればばかげているとすら思える膨大な労力と資材がピラミッドの建造につぎ込まれたんです。 なきがらを納める部屋はピラミッドの中央部にありますがその上には 更に石が高さ100メートル以上に わたって積まれています。
ピラミッドが 極めて変わった建造物である理由の一つは内部に存在する空間が 全体の容積の0.1%にも満たない事です。 ピラミッドの内部に ほとんど空間がないという事実はピーター・ジェームズに大きな疑問を抱かせました。 ジェームズが 大ピラミッドの内部を調査して技術的な面から疑問を抱いたのは建築資材である石についてでした。 採石場から採られた石の量とほぼ同じですがピラミッドに使われているような四角い石を作るにはこのような形と大きさの石で造られていた場合採石場は3倍の大きさが必要です。