一度見たら忘れられないその斬新な姿は訪れた世界中の人々に驚きを与え万博成功の最大の要因になったとも言われています。 今も語り継がれる国家的プロジェクト 大阪万博。 人生最大の事件というぐらいですからそれだけ巨大プロジェクトだったわけですよね。 「巨大プロジェクトを成功させるには?」。 なんですが 増田さんも私もこれほどの巨大プロジェクト大きな予算大人数で事を動かすってやった事がないじゃないですか。
太郎でいうと今日 万博なんですけれども万博には行かれました?行きました 行きました。 それは テーマプロデューサー。 大阪万博の「人類の進歩と調和」というテーマを演出するプロデューサーが決まっていなかったのです。 開催まで3年を切りもはや猶予がなくなった その時事務総長の新井真一が意を決し 訪ねた相手がいます。 ところが 反対意見が多いと火がつくのが太郎。 「やめた方が安全というなら逆に 危険な道を選ぼうじゃないか」と言ってテーマプロデューサー就任を承諾します。
建築プロデューサーの丹下健三が頭を悩ませていたのが万博のメイン会場となる中央広場のデザインをどうするかという事でした。 そうした中 テーマプロデューサーとして参加した岡本太郎。 丹下がデザインした立派な大屋根の模型をなんと 太郎が考えたのはせっかく 丹下が造ろうとしている大屋根に穴をあけ打ち破ってしまうという事でした。 太郎いわく 日本人が外国人にコンプレックスを抱いているだんごっ鼻をむき出しにしたのだとか。
一番面白かったのが「ゴジラ」って東宝という会社がやってて「ウルトラマン」 円谷プロダクションで。 万博用に集めた資料を保管する国立民族学博物館の野林さんは太郎のねらいをこう考えています。
万博の中心とも呼べる場所に生々しい呪術道具の数々を展示したその名も 「根源の世界」。 で ああいう呪術的な空間をつくりまた それをつくるために 本物作り物とか土産物じゃなくて本物の仮面とか神像 神の像ですねそれを世界から集めたんです。 その本物の持っている生命力みたいなね呪力みたいなもの それをガラスのケースの中に入れちゃったらお前ら これ見せてやるから拝めと言って桐の箱や ガラスのケースに入れて寄るな触るな 唾もかけるなみたいなものではないんだ。
万博 見事成功したわけですけれどもパビリオンは ほとんど閉会後に撤去されたんですが主人公ゆかりの地から取って置きのネタをお届けする…今回 案内してくれるのは当時 万博で太陽の塔のガイドをされていた井上哲彦さんです今日 胸にワッペンがついているんですけど…。 ここは当時「鉄鋼館」と呼ばれたパビリオン。