こころの時代~宗教・人生〜「さわって広がる心の絆」

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この番組のまとめ

国立民族学博物館の准教授で文化人類学者の広瀬浩二郎さん 48歳。 もっと言うと さわらないと分からない事というのがあるんだなみたいな事を感じて頂いて博物館から帰ってふだんの日常生活に戻って学校とか職場とかでもここで体験した さわるという事を意識してもらうと少し日常生活の意識っていうのが変わってくると思うので。

一方 僕のように目が見えない人というのはこれを だから僕は「触常者」という言葉を使うんですけどそういう見る事を常とする人とさわる事を常とする人「見常者」と「触常者」という考え方をすると今までは どうしても 健常者と障害者の関係というのはどちらかというと弱者と強者ではないですけども少し その関係性というのが一方向から双方向。

結局 僕は 盲学校の体育ではほんとに視覚を使わない何か いろんな事やらされて嫌だなと思ってましたけど今は 率直に振り返ってみていろんな事をやらせてもらってよかったなと。 ところが 盲学校に行ってみると言い方が あんまりよくないけど僕より どんくさいというか運動神経がそんなに よくないんじゃないかなと思うような同級生が歩数を数えて助走は何歩ですると。 そして その原体験というのがその盲学校時代体育の授業になるわけですね。

何とか チャンバラの事であり戦国時代の話とかそういうものを合法的に勉強できる方法として高校時代の日本史の担当の先生が授業の時に ちらっとコメントされた言葉なんですが障害者の歴史というのは これまできちんとした研究がないと。 僕は まあ不真面目な学生でしたけども何となく その言葉というのがず~っと心の中に残っていて歴史研究をしよう 歴史専攻に進もうと思った時には単純にチャンバラ好きという事に加えて何となく障害者の歴史という事が自分の中に テーマとして一つあったわけですね。

恐らく目が見えてる人たちであれば写真を見たり DVDとかで山伏の修行の様子を見たりとかそういう 知識の得方という事があると思うんですけど僕の場合は 写真見たりという事ができないので自分で体験してみようと自分で 何かやってみようと。 その 羽黒山 山伏修行で体得といいますかねやはり フィールドワークの原点であったのは間違いなくてやっぱり 本では分からない文字だけでは分かんない事というのがたくさん あるなという事はまず 感じたわけですね。

琵琶法師というのは芸能者 琵琶に合わせて音楽を演奏するそして 語りをするという僕が 卒業論文で取り上げたのは九州の方に残っている僕の場合は 先ほど言ったように文献も もちろん大事だけどもそれ以上に 聞き取りっていう事をずっと意識してましたので広瀬さんが 訪ねたのは宮崎で活動を続けていた琵琶法師の永田法順さんです。

非常に 荒っぽい言い方ですけど東北と九州を見てある程度 日本全体みたいなのを見渡す事ができたし目の見えない宗教者 芸能者の全国的なシェアでの役割というのはある程度 跡づける事ができたかなと思ってで 今度 博士課程に進学して少し研究テーマを変えてあまり… もちろん ライフワークとして目の見えない宗教者芸能者の歴史というのは追いかけていくし自分たちが きちんと 明らかにしていかないといけないという事も意識はしてるんですけどやっぱり それだけをやってたら狭くなるしもう少し 広く歴史や宗教というのを考えたいと。

僕が 「ユニバーサル・ミュージアム」とかって言ってみんなで さわろうっていう事を言っている一つの思想的な源流としてこの西村先生との出会いというのがあるような気がします。 この「ふれあい」って言葉を 最初に僕大学院生に聞いた時は生意気にもですね当時 「ふれあい」という言葉が割と 福祉系のイベントとかですね施設名とかで結構まあ 安易にといいますか使われていて…。 鉄と木とプラスチックっていろんな物が組み合わさって出来ています。

そう考えると 何か「五感」っていう言い方は非常に 人間の感覚の可能性を限定しちゃってるみたいな気がしてですね自分が使う時は 「感覚の多様性」なんていう言葉を使うんですが感覚の多様性を尊重する。 人間のコミュニケーションっていうのはやはり これも 近代という時代の一つ 象徴ですけどやっぱり アイコンタクトもしかりですけど 見るっていう事。