こころの時代アンコール シリーズ 私の戦後70年「こころの壁を超える」

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この番組のまとめ

世界中の民族を研究してきた文化人類学者 加藤九祚さん。 加藤さんは 得意のロシア語で旧ソ連の研究成果を翻訳する一方自ら発掘調査も行ってきたのです。 日本人との 中央アジアの遺跡のつながりっていいますか言葉を変えれば 先生はその シルクロードっていうものに興味を持っておられるわけですけれどなぜ シルクロードに興味を持っておられるのか。

日々の暮らしの中に 見えないところでもあるわけですけど加藤さんは 1922年当時日本の植民地支配下にあった朝鮮半島の南部で生まれました。 当時は だから ちょうど満州事変とか起きたあとじゃないかと思うんですがだんだん こう 戦争も近づいてくる時代ですけど。 満州事変は朝鮮で送りました。 満州事変で 軍用列車がどんどん 北へ上がっていくんですね 京釜線で。 加藤さんが身を寄せたのは山口県宇部市で働いていた2番目の兄のもとでした。 当時 宇部の炭鉱は海底まで開発が進みにぎわいを見せていました。

加藤さんの兄は 馬を使い海底に掘られた坑道を支える材木を運び入れていました。 加藤さんが暮らしていたのは海岸から少し入った山村です。 加藤さんは当時 小学校4年生。 10歳余り年上の兄と農家の納屋を間借りし馬と一緒に暮らしていました。 戸惑いながらの少年時代でした。 山村の日本人の暮らしの中にすっかり溶け込んで。 そのお金持ちの家の 入り口辺りに柿の木が何本か見事に並んでた。

で 私は担任の先生 恩師の先生山の部落の子供たち 仲間たち人々そういう人たちに育てられましたからつまり 尉官の少尉を養成する。 これは名前は忘れちゃったけども日曜ごとにね 山のようにいろんな差し入れを持って来てそれを私以外の日本人の仲間たちにみんな ごちそうするんだね。 で 西部戦線から回ってきたソ連軍の将校はほとんどドイツ語ができたんですね。 で その パスカルの言葉の中に非常に鮮明に強い影響を受けた言葉があの有名な 人間は葦のように弱い存在であると。 何ていうとこでしたっけ?タイシェット。

更に シベリアの収容所で加藤さんの人生観を変える衝撃的な事件が起こります。 早々に ソビエト兵に捕らわれますがその中の1人が仲間から殺されていました。 残った2人は その肉を刻み逃亡中の食糧にしていた事が発覚したのです。 これはお話し頂けるのかどうか…加藤さんが書かれてるシベリアの事をつづった本の中には信じられない…脱走をして 仲間を殺してという。 仲間を食糧として連れ出して…一晩もたたないうちに殺して食糧にしたわけね。 けれども 人間の本性の一つを示していると思うんです。

多くの戦友をみとり人間の本性を考えさせられた加藤さんは人々が どう生きてきたかを探る考古学でした。 シベリアで身につけたロシア語を生かしソビエト連邦の考古学を次々に日本に紹介。 それは 80年代のシルクロードブームの導火線の一つにもなっていきます。 冷戦終結で ソ連が崩壊したあと経済が苦しい中央アジアの国々で発掘が続けられるよう費用の工面にも奔走しました。 シベリアから帰った加藤さんは日本で美しい緑色のきらめきは今も変わりません。