先人たちの底力 知恵泉「上野を制圧せよ!~幕末の天才軍師 大村益次郎〜」

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この番組のまとめ

江戸幕府第15代将軍 徳川慶喜が政権を朝廷に返上します。 西洋の軍事理論に精通していた益次郎は旧幕府勢力を相手に 連戦連勝。 益次郎は いかにしてバラバラだった組織をまとめ上げ勝利に導いたのか。 それを指揮した 益次郎の知恵を味わっていこうと思います。 1980年代から90年代にかけてのプロ野球西武ライオンズは 森 祇晶監督の下黄金時代を迎えました。 希代の軍略家 大村益次郎の知恵をどう読み解くのでしょうか?面白くないぐらい西武は強かった。 まずはですね益次郎が どうして上野戦争を采配するようになったか。

しかし それでも新政府軍の司令官 西郷隆盛は彰義隊を一向に取り締まろうとしません。 当時の江戸の状況を新政府側の佐賀藩 江藤新平はこのまま江戸の乱れを放置していては新政府の基盤が揺らぎかねない。 業を煮やした新政府の首脳陣は…新たな司令官として 彰義隊を鎮圧する大役を任されたのが大村益次郎 その人でした。 どうして 益次郎に白羽の矢が立ったんですか?西郷は鳥羽・伏見の戦いで勝って江戸城の無血開城も実現するわけですね。 新政府軍の司令官として江戸に赴いた益次郎は到着するやいなや参謀たちと作戦会議を開きます。

その時 今まで他の球団西武もそうなんですけども1日 6時間 7時間 8時間というね長い練習時間やってたわけですよ。 益次郎も いよいよ 彰義隊との戦いに挑んでいくわけですがそこで発揮された知恵を今度は味わって頂きます。 益次郎は戦いを前にして 上野をみずからの足で歩き回り作戦を練ったと言われています。 この作戦では最初に 黒門口に攻め込むのが最も困難な役回りです。 益次郎はこの作戦が外部に漏れれば長州と摩の関係は 更に悪化し間違いなく新政府軍は内部崩壊すると考えていました。

主人公ゆかりの地から取って置きのネタを探し出す…今年7月 世界遺産に登録された国立西洋美術館も銅像に関する意外な秘話を明かしてくれました皆さん 勘違いされるかもしれませんけれどもこれ決して…てっきり 愛犬の散歩かと思ったんですけれど。 西郷隆盛像のすぐそばに上野戦争ゆかりの場所がありますこちらが彰義隊のお墓になります。 この墓からは彰義隊の悲しい運命をうかがう事ができます新政府軍と戦った彰義隊は明治時代 逆賊としておとしめられていました。