こころの時代~宗教・人生〜「“しゃあない”を生きぬく」

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この番組のまとめ

アメリカの美術館では コンクリートとガラス大阪にある安藤さんの事務所。 その中で育ちましたのでね小学校の時に 魚釣りに行く私は 大阪の淀川っていう関西で一番大きな川でものすごい流れのきつい所でコイを釣りに行くわけですが隣で釣っとったやつが私と同じ年だったと思うけどな。 安藤さんが物心付いた時一家は 下町の長屋暮らしを余儀なくされました。

建築いうのが 建ち上がっていくんですけれども今は 建築って プレハブで 建ち上がっていく姿見えないけれど昔は 大工さんが基礎を作って基礎 苦労しとるなと。 建築家になりたい。 誰も 安藤さんの子供は大学も行かずに建築の専門教育もせずにやる言ってるけれどもちょっと おかしいんじゃないかとまあ 聞こえてきますよ。 食べんと 食べながら働いておるなと思ってましたので私は 2級建築士を受ける時にはアルバイト行っている先で昼は食べないと。

西洋建築の本場を巡り体で感じたい。 安藤さんは 24歳の時アルバイトでためた資金でヨーロッパへ旅立ちます。 フランスでは現代建築の巨匠の息遣いに…。 ヨーロッパを縦断したあとはアフリカを回ってインドへ。 この旅で 安藤さんに強烈な印象を与えたのがインドです。 南フランスでは 建築の精神性を深く感じ入る事になります。 森の奥深くにある この場所に安藤さんは 夕方過ぎにたどりつき一夜を明かします。 1969年 安藤さん28歳の時念願の設計事務所を設立。 安藤さんが育った長屋とほぼ同じでした。

光という事と十字架という事を考えまして光の十字架というので真ん中に 十字架を十字に光をあけてやろうという事を考えたんですね。 だから 光の十字架というのを考えついたわけですけれども。 これが光の十字架が照らす「光の教会」です。 光の十字架が こうあるでしょ。 だけど 光の十字架の中に入る事によってみんなで 共有できりゃいいんじゃないかという心の住みかなんじゃないかというのが…あのガラスだけは取ってやりたいとやっぱり粘り強くいかなあかんからね。

1995年 安藤さんは建築界のノーベル賞と呼ばれるプリツカー賞を受賞。 誰に学ぶでもなく独自の視点と世界観でユニークな建築を作り上げてきた事が高く評価されました。 建築は 形ではなく人々が集い 心を寄せる空間。 「そんな のんきな事を言うてる場合じゃないだろう」「あなた建築家だろう」と「建てないかんのじゃないか」とこう言われたんですけれども建てるより大事な事がいっぱいあります。 ♪~混沌とする時代にあって建築家に何ができるのか。 大阪の大川沿いから中之島一帯に続く 満開の桜。