こころの時代~宗教・人生〜 アンコール「“普通”の今を生きる」

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この番組のまとめ

レンコン 安い時はすごい安いんですけど今 高いんです レンコンが。 レンコンは ちょっとにしてとか。 再発っちゅう事絶対あるでないか。 もう再発してて ちょっと元気がなくて いらした方だしあの方はもう 3回も手術されて今 ここで元気に笑ってらっしゃるけど2日前まで入院して車椅子だったんですよ」とかって説明すると「そうなんですか」っておっしゃって「みんな頑張ってるんですね」っておっしゃるんですね。

その聞き役に徹するっていうのは何か…どういう事からそういうふうになられたんです?そうですね 私がもしも 患者であったならばやっぱり 患者さんの中に入って自分も同じ患者としてある程度 少しは言葉を持ったと思うんですけどそれはもう ずっと長年。 ある時ね 医療者の人も患者さんも一緒で 御飯食べたんですね。 患者さんが「先生も 同じもの食べておいしいって言ってた」って言ってそれがすごい安心感になるんですよ。 患者さんって やっぱり医療者って同じ人じゃないって思う。

家族の闘病を看護介護してる方が結構 気持ちいっぱいいっぱいになって奥様がご挨拶に来た時に 奥様がすごい痩せられてたので「どうされたんですか」って言ったら主人が がんになったら すぐに2か月後ぐらいに奥様が がんになって「だけど 主人に言えなかったから」と言って治療なさらなかったんですよ。 大腸がんと言われてから本当は 余命2年って言われてたんですけどもう 1か月目には余命3か月と言われてしまってまあ そういう状態で みんなも「えっ がんになったんだって。

これは もう一回命というところにもう一回 ちょっと戻ってみようという事でその時に 患者会を作ってほしいという お声があったのでじゃあ もうこれは直接的に情報という事から 患者会とか一人で受けなくちゃいけなくて誰とも話せない。 看護師さんに 「同じ患者さんを紹介して下さい」って言っても本当に今まで どこにも声を出すところがなくて」とかもう本当に皆さん真剣に もう3日間ほとんど 受話器を置くと電話が かかってくるという感じでした。

そういう時に患者さんたちが いらして一緒に御飯食べて 「おいしかった」って言って 帰って下さると何か すごい心が とけてくような気がするんですね。 それは38年前 夫婦が初めて授かり弘平と名付けた息子の死でした。 弘平の手足がもう むくんでいてミルク飲めなかったので鼻から ミルクを入れてたんですね。

闘病中の人たちが文章に込めた思いをある女性患者の文章に向き合う学生…杉野さんという名のその患者さんは心臓病の疑いを持って生まれた孫の健やかな成長や夫と北海道旅行を実現したい気持ちを つづっていました。

この文章から この人の事をくみ取ろうっていう気持ちをため込んでいく事が その人に向き合うっていう事だから「分かんなくてもいいから考え続けて。 大学に 文章を書いた患者さんたちがやって来ました。 患者さんの思いに 想像を膨らませて 絵を描いた学生たち。 ハッピーは 青山さんにとっての何か 一筋の光みたいな一番 大事なものっていうので1個だけ ドーンと大きく描いてみようと。 杉野さんの文章には学生2人が絵を描きました。

だから患者さんは 「この子たちに知ってもらいたい 自分の事を」と。 だから「がん患者さんたちが普通の人である」っていうところにはでも 何か分からないその醸し出された空気がいいんでしょうね。 長い時間 一緒に培ってきたそういう 人と人の関わりの中でそれは 命と医療のところも本当に そうなんです。