先人たちの底力 知恵泉「だって仲間だもの 戦国武将 今川義元」

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この番組のまとめ

その信長に討たれた今川義元です。 武将たちや領民は もちろん都の公家 更には時の将軍まで2007年 これまであまり日の当たっていなかった今川義元を主人公に作品を発表し大ヒット。 スタイリッシュで独創的な武将として描かれる新しい義元像に武将たちの新たな魅力に光を当て続ける宮下さんまず 桶狭間の戦いで敗れた人でしょう。 実は今川義元八木さん 小和田先生共に共通点があるんですよね。 今川義元 それこそ静岡です。 まあ 仲間というのがね今川義元 特に大事でしていかに仲間をつくってあっ 仲間。

これが戦国大名のイメージだったんですけど今川義元になるともうちょっと違うやり方でちょっと勉強するとこっちの方が正当な戦国大名でえ~。 さあ その今川義元の仲間をつくる知恵大名の家に生まれたとはいえ家督を継ぐのは兄。 京都より今川家に教育係として招かれ後に 義元の腹心となる僧侶です。 義元は急ぎ…「このままでは…」辛くも撃退したものの義元派と恵探派で今川家中は 真っ二つに割れ駿河は…争いが絶えませんでした。

それこそ武田信玄の力借りるために公家の力が必要だったというのはこういうとこからああ なるほどねってそれから 戦国大名像がちょっと変わってくるんですよね。 お茶ですとか 和歌ですとかそういう ある種趣味的なものを通じて公家と仲良くなった部分もあると思うんですけどどうですか そういう趣味を通して仲間をつくる というのは。

さあ 今川義元 このようにして当主になりましたけれども国を治めるにあたっても仲間の力というのが必要になってくるんですね。 寄親寄子とは有力な家臣を「寄親」としその下に領民が「寄子」としてつく主従関係を「疑似親子」の関係に見立てた 縦割りのシステムです。 義元は「仮名目録追加二十一か条」にこんな一文を記しています。

宮下さん どのようにご覧になりましたか?それこそ 今の話が織田信長と違ってあっ こっちが戦国大名像なんだというのは思ったとこなんですよね。 これは それこそ織田信長と比較すると一番 分かりやすいんですけど信長は そういう農民たちの自治を真っ向から否定していってだけど 今川領国はむしろ 年貢を増やせば自治 認めてやるよ みたいなねそういう 何て言うのかなあったかい政治というかそれが かいま見られるんですよ。