この時 宗五郎役の尾上菊五郎さんのお孫さんの楽しみですよね。 これから ご覧頂きますこの「魚屋宗五郎」ですけれども度々上演されている名作と伺いました。 全体は よく知られている皿屋舗伝説を踏まえた構成になっておりますんですけれど一番の見どころは やはり宗五郎の内の場という事になるでしょうね。 五代目 菊五郎が初演しましてそれから 六代目 菊五郎二代目 松緑を経てね主役を 非常にもり立てていくという点で酔いが回るにつれてその 黒御簾音楽がテンポが速くなっていくんですね。
然し なんだねえ 宗五郎さんこういう時にゃ ねえ お前さん不断 好きな酒でも飲んで気を晴らしちゃどうですね。 その好きな酒も金比羅様へ断ちましたから飲むわけにゃ まいりやせん。 一昨日 神明様へお詣りに来た帰りがけ一寸 内へよりましたが未だに 姿が目先にちらつき御遠慮なくおっしゃって下さいまし。 こうして 宗五郎さんにお目にかかれば私共は もう お暇致しましょう。 おお 宗五郎 帰ったか。
人は知らず宗五郎は磯部様のお屋敷へまァ とっくりと気を落付けよく考えてご覧なさい。 去年の九月 菊茶屋へ祭の助けに 妹をやったも長の時化続き。 板流しより内証が干上り実は その日に困るから小遣え取りにやったのだがその時 折よく磯部様のお目に留って達ての御所望。 行末 その身の出世にもなろうと思って得心させ仕度金に下すった金は小判で二包それから こっちへ引続き月々下さる お前の手当実に 妹のお蔭にて浮び上った親子兄弟父っつあんこいつァ 思案の外だぜ。
おっ 誰だい?愛宕下の磯部から上りましてございます。 何が来たんだよ?磯部の屋敷から やって来たんだ。 おなぎさん どうぞ お線香上げてやっておくんなさい。 お蔦様が ご自身に尋ねておいでなされましたを其夜 御殿へ御夜詰の紋三郎様が何事かとお礼に お家の一大事をお話しなさるる折も折身に覚えなき疑も言訳暗き弁天堂においでなされたばっかりに目も当てられぬ非道の拷問。 はては井筒のその中へ只一討に切落されはかない ご最期なされましたわいナァ。 俺が行ったら 出すぎると又親方に叱られようし。
ねえ ねえ おなぎさん 実はね実は わっちァ 今 その親爺と言争っていた処なんです。 親爺は これから屋敷へ行って思い入れ存分言草を言って来いと言う。 大丈夫だ 大丈夫だ。 それ みねえ 親爺がいいっつってるじゃねえか。 もっと こう一ぺえ ついでくんねえ 一杯。 これが 只 やめた酒ならいくら飲んでも かまわねえが金比羅様へ断った酒だ。 なあに父っつあん今日の処は 金比羅様だって大目に見て下さらァ。 ああ 駄目だよ。 駄目だ もう 駄目だ。 なあ おはまもう一杯 ついでくんなよ。
な 頼むから 大丈夫だから。 ほら 大丈夫だよ。 実はね 実は あっしはあの金比羅様へ断っておりました。 それで 嬶が心配するんでどうも なんともなんとも申し訳ございません。 三公 そんな事言わねえでよ頼むから ついでくんなよ。 ああ 駄目だ 親方持っちゃいけねえったらよ。 駄目だ 駄目だ ちょっと これはねこれはね ああ これはさあ こっち 貸しとくれ。 ア モシ お内儀様も あの様にご心配でござりますればそれを 飲んじゃ悪いのか。 宗五郎! みんながあんなに心配してるんだ。
みんなも こんなに心配しているんだからさ何処か行くなら 行く先をはっきりと言っておくれよ。 おらァ これから磯部の屋敷へ あばれ込んで殿の野郎を叩くじいてやるんだ!大方 そうだろうと思うから止めるんだよ!何を!行かしゃしない。 お前さん お屋敷行くなんて言わないでおくれよ。 手前は 俺んちの奉公人だろう。 奉公人は分かってますよ。 決して 世間へ 沙汰はするなと御用人からの言いつけだが。 狼藉者!狼藉者!狼藉者!狼藉者!何だか 御門前が騒々しいが。 狼藉者だ。
殿の御登城 他の客来家来の者が私に通行ならざるお玄関如何様これは気がつきませなんだ。 これこれ 御家老様のお情けで縄をといてやるぞ。 ご… 御家老さまだよ。 御家老さま。 御家老さまじゃ いけねえな。 御家老さまじゃ いけねえ。 もし 御家老様縄といて下さいましておおきに有りがとうございます。 もし旦那 わっちの言うのが無理か無理でねえか酔うて言うんじゃございやせんが妹が殿様のお目に留り支度金に 二百両 下すった時の有りがたさ。 ほんのことだが 親子四人磯部様のお蔭だと有難涙にくれやした。