シリーズ 欲望の経済史~日本戦後編〜1▽焼け跡に残った戦時体制 終戦〜50s

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この番組のまとめ

親子ほどに年の離れた 2人が6回にわたり 振り返る戦後経済史。 戦時期の体制が戦後経済を動かしたというのだ。 組織 制度 人々の考え方の中に戦時期の体制が根深く残り経済成長を後押ししたと野口は言う。 九州巡幸中の天皇陛下は5月29日三井三池炭鉱の三川坑においでになり特別に作られた切羽で鉱内作業をご覧になりました。 万歳! 万歳! 万歳!この 超重点的な資金配分を可能にしたものこそ戦時体制から一貫した1940年体制だったという。 具体的には価格差補給金という…。

日本の生産能力というのは第二次大戦中の空襲によってほぼ 壊滅状態になったわけですからそれを 短期間のうちに復興させたという意味では傾斜生産方式が果たした意味は大変 大きかったと思います。 傾斜生産方式のため多額の補助金を投入した事で通貨供給量が過剰になり物不足と相まって急激な物価の上昇を招いたのだ。 国債というのは名目資産ですからインフレがあると実質価値が低下しますね。 という事は 大地主というのはハイパーインフレによって国債が インフレによって 実質価値を下げたという事がありますね。

しかし 1946年 農地改革により200町歩以上あった耕作地は瞬く間になくなりその2年後津島家は この豪邸を売却。 ですから 経済史の教科書には「アメリカから呼んだ ドッジによってこのインフレが終息した」というふうに書いてあります。 宮澤喜一は その当時大蔵省の官僚であったわけで英語もペラペラであったわけで多分 いろんな事をドッジに教えたのは宮澤喜一でしょうね。