「銭湯で上野の花の噂かな」。 私の小さい頃は 町内に 必ず1軒ぐらい 銭湯がありましたね。 銭湯ばかりじゃありませんけれども長屋ってえのがありましたな。 表通りに面している長屋を表長屋裏通りに面してる長屋を裏長屋といったようですね。 または この裏店なんてな事をいいましてこういう所で暮らしている人たちというのは実に どうも我々同様と申しますかな実に どうも 能天気な人が多かったんだそうで。 「あっ みんな これで 何かい?長屋の連中は そろったかい?」。
どうにかしてやりてえと思って辺りを見回したところがほら 長屋の戸ってえのは表に 戸があって裏に もう一枚障子があるでしょ?戸があって障子があるってえのはこれは ちょいと無駄じゃねえかってんでねみんなと相談した結果意見が一致しましてね今日はな ほかじゃあねえけれどもほら 表をご覧よ。
じゃあ 何ですか 大家さん我々の この花見ってえのは上野の山 行って香々をバリバリ食って茶 ガブガブ飲んでおしめえですか?」。 『おう 兄弟 一杯いこう』なんて向こうから 本物の酒ついでもらって 飲んじゃってこっちは 偽物をついできちゃえば分かりゃあしない」。 ええ?じゃあ みんな 行くんだね?じゃあな おい 幹事お前 その毛氈こっちへ持っといで」。 「何です? 毛氈ですか?毛氈なんぞ ありませんがね」。 「私が毛氈と言ったんだから毛氈にしときな」。 「はあ~ 毛氈まで偽物ですか。
「おやおや こらぁ 花見に行くって趣向じゃあねえね。 ほ~ら 花見だ 花見だとな」。 「大家さん変な事言っちゃやだよ。 あなたはね 暖けえもんにくるまってるから春風が そよそよするかもしんねえけれどもこっちは 一張羅の股引昨日 洗って干しちゃったから何か 下の方が スースーして…」。 まだ肌寒き春風になんてえがなこれがまた 何とも言えないいい心持ちのもんだ」。 「おいおい 花見行くのに骨揚げの話なんぞしながら行くやつがあるかい どうも。 もっと お花見なんだから陽気な話をして歩きなよ」。
そういえばね 大家さんねこないだ あっちはねおばさんのところで遺産をもらいました」。 「後で 七色唐辛子入れとこうと思って」。 一つ 皮をむきゃみんな 同じ骸骨だ」。 「骸骨だよ」。 「骸骨。 一皮むけば 骸骨か。 お~ 随分 骸骨が歩いてやがるね。 あ〜 この骸骨が。 あっちは ああいう骸骨と…抱いてみてえ」。 その毛氈を ここへ敷きな。 おい 何だ 毛氈がいなくなっちゃったじゃねえか。 どうしたんだ?毛氈 捜しとくれ」。 お~い! 毛氈〜! 毛氈〜!」。 本人は毛氈担いでる気はねえんだから。
それからね今日 私のおごりだと思うとみんな 肩が詰まっていけねえから今日はな 無礼講だ。 これはもう お前長屋 こぞって飲んで一人だって 漏れがあっちゃいけねえんだから。 でも 近頃 卵焼きは刻まねえと」。 「かまぼこっていえばこの辺りじゃ 小田原だよ」。 「あっ 小田原ですか。 「アッハッハ。 それから 近頃練馬の方へ行ってもかまぼこの畑が ねえそうですね」。 何か恩を着せるようだけれどもな俺は お前の事は随分 面倒見たつもりだよ」。