吉増さん 今日 それお持ちしたピンチハンガーに…。 マクスルンスとかやはり 生涯追いかけたむしろ 宝以外をぶら下げるっていうのが主だね。 近鉄南大阪線に乗って結界のふちをのぞき込んでる」って。 ちょうど おととい大阪で「折口信夫と大阪」っていうのを講演をしてきたばっかりで僕の貧しい読書経験を通じて詩の中に ふっと目を出したのかもしれない。
2007年 ミホさんが亡くなった時吉増さんは追悼のgozoCineを撮影します。 生垣の美しさの中にこうした心のフイルム 皮膜をねこれがgozoCineよ。 1992年から2年間客員教授としてブラジル・サンパウロに滞在した吉増さんは帰国後 数か月間石狩川の河口で 銅板彫刻や詩の創作に打ち込みます。
だから もしかすると「帰宅困難」という言葉も当たってないしほんとに無防備な草花や木たちがだから 昔の聖書の中にあるキリストが言うように震災の翌年から書き続けられた一大詩編「怪物君 詩の傍で」。 永山則夫さんっていう連続射殺した人が言葉を何にも知らない人だったの。 怪物は もちろんカタストロフィーであったり非常に 今言ったように複雑な…。