こころの時代~宗教・人生アンコール▽母なる神への旅〜遠藤周作“沈黙”から50年

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この番組のまとめ

小説「沈黙」の舞台は江戸時代 キリスト教が弾圧されていたころの長崎です。 それは 「信仰を捨ててもよい」という事なのでしょうか?そして「沈黙」という題に込められた意味とは?東京から長崎へ 何度も通い今回 山根さんが「沈黙」の舞台となった長崎を訪ね物語に秘められたキリスト教の世界に迫ります。

踏絵というのはキリストの姿を踏んでそれのプライドを持ってるというか自尊心やそれの義務感がありますからそれを励ますようなキリストの力強いイメージを持って「沈黙」は それまでのキリスト教の在り方に疑問を投げかけ日本独自の信仰の姿を探っていきます。

江戸時代 キリスト教が禁止される中信徒たちは 「潜伏キリシタン」として仏教徒を装い寺の檀家となりながらも信仰を守り通してきました。 潜伏キリシタンの信仰を今も守り続けている…皆さんに 公表するのが公表してもなかったしまあ 私に言わせたら潜伏時代という感じでそういった感じでやられとったもんですから。 潜伏時代というのは もしキリシタンだというのが分かればそれこそ 獄門の刑に遭うという大変な時代ですよね。 村上さんたちが書き起こした潜伏キリシタンに 代々伝わる信仰や風習。

よろめき 足を引きずりながら一歩一歩 進み踏絵は 今ロドリゴの足元にありました。 踏絵に向かって足を上げようとする時ですねその声を ロドリゴが心で聞くわけですね。 信仰を持っていれば救われるっていうような事がアメリカの大学教授ヴァン・C・ゲッセルさんは生前 遠藤周作さんと親交がありそういう宗派に対しての信頼性が薄くなってきてだから もともと自分とキリストとの関係が一番大事。 ロドリゴが踏絵を踏んだあと物語の真価が発揮されます。